遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

死して首相は愚痴を残す/谷川俊太郎

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死して首相は愚痴を残す  谷川俊太郎 (詩人) 
  
昨日まで私は日本国の首相でしたが、今日はもう首相ではありません。と言っても辞任したわけではなくて、暗殺されたんです。で、今日は首相ではなく死人として、もとい詩人として、じゃなかった私人として一言申し上げます。
日清、日露、日支のあと、真珠湾奇襲で始まった戦争に負けてから70年ですか、生きてたら私はこの世に生まれて83年、戦後70年と生後83年、どっちの年月が大事かと言えば、これはもう言うまでもなく自分の生後83年のほうが大事。
で、83年生きた経験で言えば、いくら反対しても戦争はなくせない。首相在任中は私もいろいろきわどい手をうちましたが、あれは戦争したいがための手ではないつもり。新聞テレビや人には言えない内緒事がいっぱいあるんですよ、複雑な意見、いや利害の網の目に捕らえられて四苦八苦。
とは言え首相なんてやってると、つきあう相手がほとんどハイソの人たちです。どうしてもそっちに引っ張られるのは、国の力を作ってるのはやっぱり金の力だから。国に力がないと金のない人を助けることもできませんから。
金だけじゃなく言葉の力ってのもあるはずなんですが、これが私は不得意、ほとんどの日本人も不得意。なくせないならせめて戦争をコントロールするしかないんですが、これには嘘でもレトリックを駆使した外交が大切、もちろん駆使するご当人の人としての器量の裏付けが要るんですが。
これからの日本、断捨離で行くのもいいんじゃないかと私、内心で思ってます。ほんとは国ごと出家できると一番いいんですがねえ。いや、これはもう責任とらなくていい死人の妄想です、すみません。
この世にいないんだから、国民の皆さんに何か言う資格もないんですが、首相の後任をどうするかで、党内外がすったもんだで決着がつきそうもないので、あの世から場繋ぎで一言ご挨拶させていただきました、悪しからず。

ポリタス 2015年8月12日より http://politas.jp/features/8/article/412

レトリック
修辞技法。修辞学。文彩(ぶんさい)、あや (英語・フランス語:Figure)とも言われ、スピーチおよび文章に豊かな表現を与えるための技法のことを表すことが多い。
局所的な話題の流れの組み立て手法であり、個々の表現よりはマクロ的で、議論全体の枠組みよりはミクロ的である。また、単に言い回しといった程度の意味にも用いられる。

断捨離
基本的にはヨーガの行法。
「断行(だんぎょう)」、「捨行(しゃぎょう)」、「離行(りぎょう)」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考え方、生き方、処世術である。単なる「片づけ」や「整理整頓」とは一線を引くという。