遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ミラーズ・クロッシング/ジョエル・コーエン

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ミラーズ・クロッシング」は1991年公開のコーエン兄弟監督・脚本・製作の作品。
レンタルDVDで始めて鑑賞。

コーエン兄弟黒澤明の映画を観ているのかな、好きなのかなと、この作品を観ている途中でふとそう思った。

主人公のトム(ガブリエル・バーン)が、敵対するアイルランド系マフィアのボスであるレオ(アルバート・フィニー)と、
イタリア系マフィアのボスのキャスパー(ジョン・ポリト)の間を、
どっち付かずの態度で行き来し始めるところで、この作品には黒澤明の「用心棒」の面影があるなと思った。
映画鑑賞後に調べてみると、コーエン兄弟の好きな黒澤作品は「天国と地獄」と「用心棒」とあった。

「用心棒」は、ダシール・ハメットの「赤い(血の)収穫」を下敷きに作られた作品なので、
この「ミラーズ・クロッシング」は、ハメットへのオマージュ(賛歌)なのかもしれない。

オープニング、レンズを空に向けたカメラが、森の中をゆっくり進んでいく。
形のいい背の高い広葉樹の葉の向こうに、曇り空が広がっている。
バックに流れる音楽は、カーター・バーウェルのオリジナル楽曲か、流れるように美しい。
その美しい音楽と一陣の風に乗って空中を舞う中折れ帽が、森の奥に私たちを誘(いざな)う。

全編、ギャングが好んで被る、フェルトのボルサリーノに代表される中折れ帽が印象的に登場する。
そして、その帽子ほどには大事にされない人の命も、たくさん登場する。

この入り乱れたギャングの世界を、完璧なコスチュームでシリアスに描くだけでなく、
ユーモアたっぷりに表現してみせるところが(もしかして全編コメディタッチなのかもしれない)、
コーエン兄弟の懐の深さとシニカルなところだと思う。

アルバート・フィニーには、古く「土曜の夜と日曜の朝」(1960年)や「ドジョーンズの華麗な冒険」(1963年)を、
テレビの映画劇場で楽しませてもらい、映画館で「オリエント急行殺人事件」(1974年)のポアロ探偵役に唸ったもの。
彼のポアロが、私のイメージに最も近いものだった。
そのアルバート・フィニーが実におっかない役柄なのだが、心の中でニヤニヤ笑っているような感じもする。

トム役のガブリエル・バーンと彼の帽子の周辺に深刻な災厄が存在するのだけれど、
彼に接する人たちはニヤニヤしているような印象がある。
森の中の処刑場ミラーズ・クロッシングでトムに命乞いをするバーニー(ジョン・タトゥーロ)でさえ、
この映画を鑑賞後に思い出せば、そんな印象を抱く。

へそ曲がりの私には、どんなときでもコーエン兄弟の世界にニヤニヤとしながらどっぷり気持ちよく浸れるのである。