遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

吉本ばなな「ミトンとふびん」 どれもがいい感じの6篇の短編集でした

ミトンとふびん  吉本ばなな  新潮社

きょうは吉本ばななの新刊「ミトンとふびん」のご紹介(ネタバレなし)。

わが家の本棚には彼女の著書が何冊か在るのに、なんと吉本ばなな初読みだった。

彼女の鮮烈なデビュー当時、妻が買って読んでいた初期の作品は、なぜか手に取らなかったのだが、ほかに何かに夢中になっていたからかもしれない。たぶん、「ドラクエ」シリーズだと思う。

この新刊は6編の短編で、それぞれ若い女性の一人称によるひとり語りが台北ヘルシンキ・金沢・八丈島・ローマ・香港などの街角としっくり馴染む。

穏やかで豊かな登場人物たちは、生きていたりすでに亡くなっている人たちで、それぞれ少しだけ棘があるけど毒は全くなくて、滂沱の涙をする時もあるけどだいたいは微笑んでいて、私たちとほぼ同じ種類の人たちのエピソード。

大切な人と生き別れたり死に別れたりした主人公たちが、喪失感から立ち直る再生の物語を穏やかに滑らかに57歳の吉本ばななが綴ってくれる。短篇のどれもがいい感じだった。

表題作の「ミトンとふびん」。ヘルシンキの街で、新婚の二人の暖かくて不憫なエピソードにほろりとなった。「ドラクエ」シリーズに夢中になっていたころにこういう穏やかな小説を読んで、心洗われるようなことになっただろうかと思うと、いま生きてばななに出会えて心底よかったと思える。

本書のおすすめ度は◎印で、ぜひ手に取って読んでいただきたい1冊であった。