遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

女神のタクト/塩田武士

イメージ 1

女神のタクト  塩田 武士 (著)  講談社

著者の塩田武士は、グリコ森永事件をベースにした小説「罪の声」を昨年夏に上梓したが、それを読みたくて図書館に予約を入れたものの「罪の声」はテーマが興味をそそり、加えて文学賞を取ったり本屋さん大賞にノミネートされたりと評判が良くて、図書館での順番待ちは300番台。

なので、同じ著者の「女神のタクト」を先に読んだ。

ストーリーは、神戸のとある解散寸前のオーケストラを再生する過程を描いたもの。経済的にも芸術的にも傾いたオケを立て直すことができるか。これが主旋律。クラシック音楽が好きな私は、その舞台裏が覗けて、関西が舞台だということで本書を読み始めた。

東京から流れてきた失業中の30歳の女性が主人公。彼女は、行く当てもなく、神戸の須磨海岸で偶然に出会った老人に、報酬付きの仕事を頼まれる。

京都に住んでいる引きこもり中の指揮者を引っ張り出してきて、自分のオケに専属の指揮者として引き合わせてくれと頼まれる。

この指揮者が、実はすごい才能の持ち主で、京都の芸大を出て、ブザンソンの指揮コンクールで優勝したという。プロフィールは、まるで佐渡裕なのだが、身体のシルエットや性格がまるで違っていて、内股で内気で、楽団をまとめる力量には著しく欠けているという設定である。

そんな頼りない指揮者が、果たしてオケを再生させることができるのだろうかというのが本書のメインストリームで、そこに東京から流れついたかの女性や、楽団のスタッフや演奏者が絡んでハーモニーを紡ぎだしていく。

クラシックを題材とした小説で、すこしは専門的なのだが一般受けする内容。登場するエルガーやベートーベン、ラフマニノフの曲を知らなくても、交響楽団の内情を知らなくてもついて行ける内容になっている。私としてはもっと専門的に描いてほしかったが、そういったぜいたくは物語の進行を妨げるかもしれない。

著者の塩田は、尼崎生まれで、現在37歳。高校生時代には漫才コンビを組んでいたこともあり、登場人物の会話が漫才ネタのように面白い。デビュー作は2011年の「盤上のアルファ」という将棋を題材にした小説だし、面白い題材で小説を仕上げる才能が備わっているようである。物語の前半は、電車の中で読んだら困るであろう吹き出してしまうような会話が続いた。

全編、悪人は出てこなくてユーモアとペーソスが漂った肩の凝らない仕上がりになっている。映画になっていても不思議ではないような展開で、善良な老若男女に親しみを感じ、愉しんでいただけるだろう。