遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

にあんちゃん/今村昌平

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監督 今村昌平(33歳)
原作 安本末子
出演
長門裕之(25)
松尾嘉代(16)
沖村武
前田暁子
吉行和子(24)
北林谷栄(48)
西村晃(26)
小沢昭一(30)
殿山泰司(44)
山岡久乃(33)
芦田伸介(42)
穂積隆信(28)
製作年 1959年
上映時間 101分

炭鉱町の背景に必ずあるボタ山。小学生のころ、その小山のような高さに炭鉱のスケールの大きさを感じたものだった。実際に見て、登ってみたいといつも思っていた。今や、そのボタ山には樹木が自生し、普通の緑濃き山になっていることに驚く。

今村昌平監督の1959年作品「にあんちゃん」を初めて鑑賞。炭鉱町に住む在日コリアンの4兄弟とその周辺の人たちを描いた、リアリズムの極致のような作品であった。

原作は安本末子。当時ベストセラーとなった、少女の目から見た彼女の家族と炭鉱の日々を綴った日記で、それを基に今村と池田一朗が脚色した。

舞台は佐賀県の海に面した炭鉱町。海に張り出すようにボタ山が積み上げられている。そのボタ山のてっぺんからは、山の斜面に張り付いたように広がるモノクロームで美しい炭鉱町が見渡せる。物語は1953年(昭和28年)頃のことで、撮影は1959年だったが、いまから見ればその6年の差は、「当時」として片づけられるほどの時差である。

物語は4人兄弟の父親が亡くなったところから始まる。炭鉱で臨時鉱夫として働く20歳の長男を中心とした家族。時は昭和28年で、半島から渡ってきた父母は亡くなり遺された在日コリアン二世の4人の兄弟の生活の悲惨さは、その頃に、貧乏な家に生まれた私だからある程度想像できる。

長門と松尾が4人兄弟の長男と長女を演じる。お互いを思いやり励ましあって生きる4人の暮らしは、物質的にはどん底だが、精神的にはとても健全に見える。想像を絶する悲惨さも、スクリーンには漂わない。彼らの健全さや、遠くに明かりが見える程度の希望のようなものがなければ、「にあんちゃん」はベストセラーにならなかっただろうし、映画は名作と讃えられなかったろうと思う。

例によって、観たい映画については、前提知識をできる限り遮断して暮らしているので、にあんちゃんは、ずっと長門が演じている長男だと思っていた。にあんちゃんは、いちばん年少の次女(安本末子自身)のすぐ上の次男のことだと知る。演じる沖村武は公募で選ばれた少年らしいが、そのバイタリティある演技力に驚く。

兄弟と同じ在日コリアンの金貸しのばあさん(北林)や廃品回収で生計を立てている(小沢)。また、親身になって面倒を見てくれる若い保健婦(吉行)や学校の先生(穂積)やベテラン炭鉱夫(殿山)。兄弟の周辺に暮らす個性ある人たちを演じる実力者や新進の俳優たちが、今村の演出で自然にキャラを立ち上げていて実に素晴らしい。

文部省推薦のような映画を今村が撮るというのも面白いが、妹を乗せたバスを見送る唐津の街にたたずむ松尾嘉代の後ろ姿の美しさに、小学生は気づかないかもしれない。