遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

素晴らしき日曜日/黒澤明

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監督 黒澤明
出演者 沼崎勲、中北千枝子
公開 1947年6月25日 上映時間 108分

素晴らしき日曜日」は黒澤明の初期の作品。時は1947年(昭和22年)2月16日(日曜日)。将来を約束した男女の、日曜日の朝から夜までのデート(本作では「ランデブー」と表現していた)を描いた東京物語である。

二人のデートの所持金は合わせて35円。お金をかけずに二人で一日を過ごそうとするが、次から次へと小さな厄災が降りかかり、二人の未来まで暗たんとしてくる。女は途中で男と諍いをし号泣するシーンがある。戦後間もない時代の悲しみをすべて背負ったような女の涙に、観ている方も心が痛む号泣シーンだった。

男でも女でも、現実的なものもいれば夢見がちなものもいる。どちらかというと、男は夢見がちで、女が現実的なのだが、この作品ではそれが逆になっている。現実的な男と未来志向の女のカップリングである。

二人の夢はカフェ(劇中では「ベーカリー」と表現)を開店すること。
しかし、男は仕事も収入も思わしくなく、カフェ開店の夢も叶わなくなったのは戦争のせいだと嘆く。「君だけなんだぜ、ぼくに残っているのは」と女に言う。
女は明るく振舞って、二人で未来を切り開いていこうと男を元気づける。

そして、女は最後には映画を観ている観客にまで、男を励ましてくれと乞う。

男の主人公役沼崎勲は、この作品を撮ったころはすでに30代初めで、30代後半で亡くなったという。
女主人公は、中北千枝子。知らない女優だと調べたら、ああこの人かという女優で驚いた。日本の名もなきお母さんという役どころの多い、よく知っている女優さんだった。

昭和22年2月は、まだ戦後1年半しか経っていなくて、未来を誓った男女の未来はこの程度の貧しさだったと思う。未来を誓っていても未来は約束されていないといった状況だったと思う。こんな時代を経て今の世の中を見ると、想像を絶する。しかし、若者の持つ未来への不安や現実の不満は普遍的だともいえる。

黒澤明は、こんな貧しい世の中になったのは戦争のせいだと、しかしそれを乗り越えていこうとする若者たちに励ましの意味でこの作品を作ったのだろう。
こんな時期に映画を作るのも大変だったろうが、日本のその時代や暮らしをありのままに描き、イタリア映画のネオリアリズムのような味わいもある。


【付録】
昭和22年の貨幣価値を本作品の中から紹介する。
ゼロを二つ付けたつけたくらいが現在の貨幣価値だろうか。焼け跡からの復興途中で、住宅関連費用は高く、食べ物も高い。元手のかからないクラシックコンサートは比較的安く楽しめたようだ。

主人公の月給 ふたり合わせて1200円(12万円)
二人のデート時の持ち金 35円(3500円)
分譲住宅 15坪10万円(1000万円)
ぼろぼろアパート家賃 月600円(6万円) 権利金2000円(20万円)
饅頭の2個の買取10円(1000円、2個の弁償と1個のおまけ)
カフェのコーヒーとクッキー10円(1000円、ただし二人は高くぼられる)
未完成交響曲のコンサート A席25円(2500円) B席10円(1000円)