遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

殺人者の顔/ヘニング・マンケル

イメージ 1

 
殺人者の顔  ヘニング・マンケル  柳沢由実子 (訳) (創元推理文庫)

内容紹介
雪の予感がする早朝、動機不明の二重殺人が発生した。男は惨殺され、女も「外国の」と言い残して事切れる。片隅で暮らす老夫婦を、誰がかくも残虐に殺害したのか。燎原の火のように燃えひろがる外国人排斥運動の行方は? 
人間味溢れる中年刑事ヴァランダー登場。スウェーデン警察小説に新たな歴史を刻む名シリーズの開幕!

今日ご紹介の一冊は、スウェーデンの警察小説ヘニング・マンケルの「殺人者の顔」。

スウェーデン発のミステリは、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム」シリーズがおなじみだが、
マイ・シューヴァルとペール・ヴァールー共著で、「笑う警官」(1968年)に代表される
「刑事マルティン・ベック」シリーズも高名な警察小説である。
私はずいぶん前に読んだので細かいことはよく覚えていないが、落ち着いた筆致で
じっくり読ませるいい物語だった。

この「殺人者の顔」(1991年)は、マンケルの処女作にして、「刑事ヴァーランダー」シリーズの
皮切りとなる作品である。
「刑事マルティン・ベック」シリーズによく似た、北欧の雰囲気がたっぷり満喫できる。

なんとも魅力的なのが、40歳を少し過ぎた主人公の刑事ヴァランダー。

まだ十代のたった一人の愛娘は家を出てめったに連絡をよこさないし、長年連れ添った愛妻も、
旦那に愛想を尽かして家を出たばかりで、戻ってくれと懇願されてもその気配はない。
ボケが進行した年老いた独り暮らしの父親の身の上が心配なのだが、
会うと辛辣な言葉を投げかけられ、いまだに頭が上がらない始末。

妻の家出に心を痛めているかと思えば、ストックホルムから赴任してきた夫も子どももいる
検察官に一目ぼれ。そしてあろうことか、酒の勢いでその検察官にセクハラまがいの迫り方をし、
しかし嫌われないというおめでたい刑事なのである。

このように、ヴァランダーの私生活はみじめでかついろいろ変化もあるのだが、
たとえ二日酔いでも睡眠不足でも風邪気味でも吹雪の夜でも、殺人事件捜査への
彼の一糸乱れぬ執着心も念入りに表現されていて、そのプロ意識は見上げたものである。
ヴァランダーは、決して精神的マッチョではなく、自分のダメさ加減をいつも悩ましく思う。
しかし、半ば自虐的に私生活で「おいた」をしても、ヴァランダーが周辺から認められるのは、
悪に対する正義心を持つプロの男だからなのだろう。

「殺人者の顔」は、北欧を舞台に展開される冬の物語で、陽光あふれるアメリカ西海岸で
活躍するノー天気な探偵の物語(それはそれで楽しいの!)とは趣を異にする。
誰と会った、誰と電話で話した、どこで何を食べた飲んだ、どんな車に乗っていて、
カーステレオで何を聴いたか…。
そんなヴァーランダーの仕事ぶりや暮らしの描写で、かの国に暮らす人々の、こまやかな日常が
想像できて実に楽しい。

このシリーズは、その後10を超える作品が発表されているようで、一生付き合っていけそうである。