遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

イン・ザ・ブラッド/ジャック・カーリイ

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イン・ザ・ブラッド   ジャック・カーリイ   三角和代 (訳)  (文春文庫)

【あらすじ】
刑事カーソンが漂流するボートから救い出した赤ん坊は、謎の勢力に狙われていた。収容先の病院には怪しい男たちによる襲撃が相次いだ。一方で続発する怪事件―銛で腹を刺された男の死体、倒錯プレイの最中に変死した極右の説教師…。すべてをつなぐ衝撃の真相とは?緻密な伏線とあざやかなドンデン返しを仕掛けたシリーズ第五弾。

デンマークの警察小説でユッシ・エーズラ・オールスン作の「特捜Q」シリーズ
スウェーデンの警察小説でヘニング・マンケル作の「刑事ヴァーランダー」シリーズ
■米国の私立探偵小説でジェフリー・ディーヴァー作の「リンカーン・ライム」シリーズ
■米国の警察小説でジャック・カーリーの「刑事カーソン・ライダー」シリーズ

最近の私のミステリーの大きな流れとしては、上記の4人の作家を交互に読んでいる。時々支流にも流れるが、大きな流れはこの4人で、彼らの未読の作品は私の人生ほどはまだ残っているようだ。

さて、刑事カーソンシリーズは、順序をでたらめに読んでいて、本書でシリーズ5冊を数えるが、まず4冊目の「ブラッド・ブラザー」を、次に1冊目の「百番目の男」を読み、次に5冊目の本作を読んだことになる。それでもあまり問題ないと言えるが、ことにこの第5作はどんな順に読んでも成立する小説である。

主人公カーソン(白人男子36歳)と相棒のハリー(40過ぎの黒人の大男)は、本シリーズを通じて一緒に事件を解決する仲良し刑事。

彼らの前に流れ着いたボートには、なぜか生まれたばかりの女の赤ちゃんが乗っていた。肌の色から、その赤ちゃんはアフリカ系の血が入っていて、同じくアフリカ系のハリーは、わが子のように赤ちゃんを思いやり、クリスマス前後に生まれたと思しき彼女にノエル(フランス語でクリスマス)という名前まで付けてしまった。

さて、なぞの赤ちゃんノエルの事件と並行して、極右(白人至上主義者)の宗教家の殺人事件捜査が、カーソンたちにのしかかってくる。この二つの流れはやがて接点を持ち、事件は想像もつかない展開になっていく。しかしその流れがお安い薄っぺらい展開ではなく、さまざまな機微が含まれる深みのある緩やかな流れを持つのである。

主人公たち二人の刑事と、遺伝学者とのまさに「イン・ザ・ブラッド」な会話が印象的だった。事件と直接関係ないが、地球上の人種(種族)は、血が混ざった方が健康でより強い種族になっていくといったような話だ。

人類が誕生して15万年。地理学的に別れていった種族は、互いに持つ種族的な弱点を血を交えることによってより健康で頑強になり得る。文明が発達して人は移動が容易になり、血がミックスされ得る速度は飛躍的に高まってきた。それでも、今のペースで血が混ざりあって、地球で種族がなくなるまで30~40代1000年はかかるだろうと、本書で遺伝学者は語ってくれる。

長いようで、あっという間の1000年のような気もする。すべて同じ人種の地球人。それが私たちの進化の到達点なのだろうか、始まりなのだろうかと考えてしまう。

作家カーリーは、血のミックスを嫌う白人至上主義者たちが、やがてもっとも「軟弱でヤワな人種」になると警告したいのだろう。アーリア人でなければ人でないと言ったヒトラーや、メキシコ国境に壁を作るんだというトランプや、わが国にもいる国粋差別主義者に代表されるような「種族」に対する痛烈な批判が込められている。一部、そんな、差別主義者たちが登場するどたばたミステリーでもある。