遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

背後の足音/ヘニング・マンケル

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背後の足音 (上・下) ヘニング・マンケル  柳沢 由実子 (訳) (創元推理文庫)

スウェーデンの警察小説、刑事ヴァーランダーシリーズの第7弾「背後の足音」のご紹介。(第6作の「五番目の女」を順番を間違えて飛ばしてしまった。)

今回は、シリーズきっての凶悪犯が登場する。あろうことか、ヴァーランダーの部下、スヴェードベリ刑事が何者かに殺害される。このシリーズではおなじみの登場人物で真摯で優秀な刑事だったのだが、実は周囲の人間は私生活のスヴェードベリを知っているわけではなかった。彼の闇の部分と秘密を勘のいい読者は言い当てることができるのだろうが、その刑事の死から連続殺人事件が勃発する。

相変わらず不健康なヴァーランダーは、50歳を前にすでに糖尿病の兆しを持つ高血糖値の体にムチ打って、睡眠と食事を満足にとることもできない捜査にまい進する。上司の署長は、いつのまにか女性に代わっていて、ヴァーランダーのよき理解者である。また、ママさん刑事のフーグルンドも相変わらずヴァーランダーの良き協力者で、新しくきた若い担当検事とは軋轢もあるものの、ヴァーランダーチームは一丸となって捜査を続けていく。

捜査陣は一丸となっているものの、なぜか犯人の行方は杳(よう)としたまま、事態は悪い方へ悪い方へと流れて行く。加えて、ヴァーランダーがへまをしたり失態や忘れ物を繰り返し、一緒に犯人逮捕に向かっている読者にストレスを与える。主人公はスパイダーマンではないのだから仕方がないのだが、そのじれったさがスウェーデン調で味わい深いし、情報化社会に取り残されそうな50前男に親近感も覚える。

いつものことながら、上巻の半分以下のスピードで下巻を読破した。

この作品の原作は1997年に書かれて、2011年に邦訳されている。97年の時点で、すでにスウェーデンの社会問題がこの小説の背景に描かれている。

このままきっと世の中はますますひどくなっていくだろう。もっと多くの放浪者が、もっと多くの世の中に必要とされていないと感じる若者たちが増えるだろう。社会は鉄格子と鍵に象徴されるようになるだろう。(略)
スウェーデンの政治家は相対的に見れば高潔だ。労働組合もマフィアや秘密犯罪組織に牛耳られていない。スウェーデンの実業家は実弾を入れた銃を身につけて歩いてはいない。ストライキをする労働者たちがバトンで殴られることもない。しかしそれでも社会全体に入った亀裂はしだいに大きくなっている。(略
スウェーデンの人の間で分裂がいま起きているのだ。必要とされる人々と、不必要とされる人々。ここで警察官はむずかしい選択をしなければならない。社会の深いところにある土台に亀裂が入りはじめているにもかかわらず、表面の秩序を保つ職務を果たすのか。

平凡な市民の暮らしを守るために、定年までの残りの10年間を警察官として正義感を奮い立たせることを決心するヴァーランダー。哀しいのはこういう男は小説でしかお目にかかれないことだけである。