黒澤明の1965年作品「赤ひげ」、
敢えて一言で表せば、浄瑠璃の世話物のような作品である。
山本周五郎の原作が、
佐藤勝のチェロを主体とした重量感のある音楽を背景に、
江戸の市井の日常の機微がオムニバスのごとく描かれる。
赤ひげ(三船敏郎)が所長の小石川養生所で見習いとして働き始める、
ここからこの物語が始まる。
この作品の真の主人公は、赤ひげではなく、
加山雄三演じるところの保本である、
その保本が見習いで居る養生所に関わる女たち、
社会の底辺にいる愛すべき女たち、
黒澤映画=男くさい映画、というイメージが最初に浮かぶが、
女達をこんなに鮮烈に活き活きと描いていることに、
いまさらながら感心する。
娘(香川京子)の病に、手に負えなくなった大店の親は、
養生所内に別棟を建ててやり、半ば監禁状態で娘を療養させる。
蝋燭の灯かりと影を表現したライティングのなか、
香川と加山の、絡み合うシーンは歴史的な名場面であろう、
息を呑む、凄い。
「東京物語」のお嬢さんと対極にあるこの娘役を、
香川は妖艶に苛烈に務めあげる。
実の母親と自分の亭主の姦通を知った女(根岸明美)は、
養生所で荘厳な死を迎えた実の父親の悲しい一生を思い、
赤ひげと加山の前で慟哭する。
雪の中を家路に急ぐ大工(山崎努)に、
傘を貸してやる女(桑野みゆき)。
やがて悲しい定めが待っている男女、
これがふたりの出会いのシーンであった。
江戸の町に降る雪の中での出会いの場面、
足元にも及ばないほど、壮麗な一瞬の出会いのシーンであった。
傷ついた心を閉ざしたままの少女(二木てるみ)。
赤ひげに連れてこられた養生所の暗闇に、
目だけが光り輝くライティングのなかで、
天才少女は希望を演じる。
黒澤をして、パーフェクトな演技だと言わしめたその力強さは、
汚れ役を熱演した杉村さえも凌駕している。
撮影期間2年を要したこの作品は、
3時間の大作として世にでた。
下記の黒澤と主なキャストの年齢は公開当時のもの、
作品の完成度に比して、その若さに驚くほかない。