書評で知った「文豪、社長になる 」というタイトルと表紙のイラストを見て、この小説のモチーフは菊池寛と彼が創立した文藝春秋のことだと容易に想像がつきました。
菊池は、現代では文豪と呼ばれるほど一般に人気がある小説家ではないような気がしますが、大正期に文藝春秋社を起こし、昭和初期に芥川賞と直木賞を創設し、そのどれもが今に続いているのでハッピーな読み物だと容易に想像できるのでした。
作家としては、芥川龍之介からは少し出遅れたとはいえ、菊池は当時はなかなかに人気の作家だったようで、大正9年に毎日新聞に連載した「真珠夫人」で芥川以上に高名な作家になり、自分の作品発表の場として、そして多くの作家のため小説の発表場所を提供するためという大義名分のために大正12年(1923年)月刊誌を出版する会社として文藝春秋社を創立しました。
芥川龍之介と直木三十五の早い死を悼むかたちで、新人作家の登竜門となる芥川賞と直木賞を創設しましたが、弟のように可愛がったこの2人と菊池寛の交流譚も面白く読みました。
とりわけ、直木三十五という謎の多い作家がどういう人物だったのか、本書でよく判りました。
無名作家や駆け出しの文春の社員を菊池が一人前に育てていく過程も、菊池の朗らかなプロデュース能力がよく描かれています。
文藝春秋社は紆余曲折を経た後、戦後すぐ解散させられていますが、軍靴の音が高くなってきな臭い大正から昭和の時代にあって、菊池は時勢や帝国軍との軋轢や拒否感を感じながらも、世間に迎合した出版物により文春を大きくしました。
菊池は天衣無縫にして愛されキャラ感が満載の人間として、文壇や出版会をはじめ広く世間に影響を及ぼしました。現代の「文春砲」は、菊池寛の市井の人に寄り添った精神性の名残なのかもしれません。
本書は、大正初めに漱石が亡くなるところから物語は始まり、以下、綺羅星のごとき昭和の作家たちが実名で登場し、魂を持ち声を発して菊池の周辺を飾ります。
直木賞作家門井慶喜による文春創立100周年記念オールスターキャストの総天然色カラー大作映画のようでもありました。おすすめです。