遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

村上春樹「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」

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ノーベル医学生理学賞大隅良典教授の受賞が決まり、2016年のノーベル賞ウィークが始まりました。日本人の受賞はコンスタントになってきました。大隈教授も知る人ぞ知るお方だったのでしょう、私は存じ上げませんでしたが。先生、おめでとうございます。「憲法九条」が平和賞を受賞してくれればと祈っています。

さて、ノーベル文学賞の方は、「今年こそ村上春樹」となっていく年かが過ぎました。ノーベル賞は死ねばもらえなくなりますから、より年長の候補者から受賞する傾向もあるように思います。今年は、イギリスのブックメーカーでは、村上春樹が受賞に最も近い賭け率の作家だそうです。

ご覧の画像は私の本棚からの二冊。左から、「風の歌を聴け」(1979年)「1973年のピンボール」(1980年)。40年近く前の二冊です。

私は彼がデビューの時からファンでした。とはいえ最初に上梓された「風の歌を聴け」は、「ジャケ買い」だったかもしれないですね。村上自身のリクエストで、表紙のイラストは佐々木マキが描いています。この表紙イラストから、村上春樹小説に自然に入り込めたような気がします。ちなみに私の蔵書は、初版本です。

それから、恥ずかしながら、佐々木マキが男性だと気付いたのは今になってでした。マキという名前とイラストのイメージで、ずっと女性だと思っていました。

ところで、村上春樹は世界中の数々の文学賞を受賞しています。受賞していないのは、芥川賞ノーベル文学賞くらいのものでしょうか。芥川賞にはもう候補には上る可能性はないのですが、デビュー作とその次の作品、つまり「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」で2年続けて候補になりました。しかし惜しくも受賞には至りませんでした。当時の選考委員(文豪ばかりで驚嘆する)の論評が気になりましたので貼り付けました。

風の歌を聴け」は、丸谷才一瀧井孝作吉行淳之介遠藤周作が評価しています。また、「「1973年のピンボール」は、丸谷才一大江健三郎吉行淳之介瀧井孝作遠藤周作井上靖が評価しています。推奨評価ばかりではありませんが、何か評価されているのは脈ある新人ということでしょうか。新しいものが認められるには、時間を要する気がします。

芥川賞 村上春樹作品に対する選考委員の論評】
第81回 昭和54年/1979年上半期 
=受賞者=重兼芳子、青野 聰
=候補者=立松和平村上春樹、北澤三保、増田みず子、玉貫 寛、吉川 良

風の歌を聴け 中篇 189枚 村上春樹 30歳

丸谷才一 アメリカ小説の影響を受けながら自分の個性を示さうとしてゐます。」「もしこれが単なる模倣なら、文章の流れ方がこんなふうに淀みのない調子ではゆかないでせう。それに、作品の柄がわりあひ大きいやうに思ふ。」
 
瀧井孝作 「このような架空の作りものは、作品の結晶度が高くなければ駄目だが、これはところどころ薄くて、吉野紙の漉きムラのようなうすく透いてみえるところがあった。しかし、異色のある作家のようで、私は長い眼で見たいと思った。」
 
吉行淳之介 「芥川賞というのは新人をもみくちゃにする賞で、それでもかまわないと送り出してもよいだけの力は、この作品にはない。この作品の持味は素材が十年間の醗酵の上に立っているところで、もう一作読まないと、心細い。」

遠藤周作  「憎いほど計算した小説である。しかし、この小説は反小説の小説と言うべきであろう。そして氏が小説のなかからすべての意味をとり去る現在流行の手法がうまければうまいほど私には「本当にそんなに簡単に意味をとっていいのか」という気持にならざるをえなかった。」



第83回昭和55年/1980年上半期 http://prizesworld.com/akutagawa/senpyo/senpyo83.htm
=受賞者=なし
=候補者=吉川良、村上節、尾辻克彦、飯尾憲士、丸元淑生村上春樹、北澤三保

「一九七三年のピンボール」  村上春樹  31歳 中篇 248枚

丸谷才一 「よいと思つた」「古風な誠実主義をからかひながら自分の青春の実感である喪失感や虚無感を示さうとしたものでせう。ずいぶん上手になつたと感心しましたが、大事な仕掛けであるピンボールがどうもうまくきいてゐない。」

大江健三郎「三篇(引用者注:「闇のヘルペス」「一九七三年のピンボール」「羽ばたき」)のいずれが入賞しても不満でないと考えていたが、またそれらいずれにも積極的に賞へと推すことにはなにか不充分な思いが残るのでもあった。」「前作につなげて、カート・ヴォネガットの直接の、またスコット・フィッツジェラルドの間接の、影響・模倣が見られる。しかし他から受けたものをこれだけ自分の道具として使いこなせるということは、それはもう明らかな才能というほかにないであろう。」

吉行淳之介 「おもしろかった。」「この時代に生きる二十四歳の青年の感性と知性がよく描かれていた。」「(引用者注:同棲している)双子の存在感をわざと稀薄にして描いているところなど、長い枚数を退屈せずに読んだ。」

瀧井孝作 「筋のない小説で、夢のようなものだ。主人公は英語とフランス語の飜訳事務所を開いているとあるが、生活は何も書いてない。」

中村光夫 「ひとりでハイカラぶつてふざけてゐる青年を、彼と同じやうに、いい気で安易な筆づかひで描いても、彼の内面の挙止は一向に伝達されません。現代のアメリカ化した風俗(引用者中略)を風俗しか見えぬ浅薄な眼で捕へてゐては、文学は生れ得ない、才能はある人らしいが惜しいことだと思ひます。」

遠藤周作 「予想通り(引用者中略)最後まで残った。」

井上靖 「新しい文学の分野を拓こうという意図の見える唯一の作品で、部分的にはうまいところもあれば、新鮮なものも感じさせられるが、しかし、総体的に見て、感性がから廻りしているところが多く、書けているとは言えない。」

以下論評なし 丹羽文雄開高健安岡章太郎

村上春樹の主な受賞歴
谷崎潤一郎賞(1985年)
読売文学賞(1996年)
朝日賞(2007年)
早稲田大学坪内逍遙大賞(2007年)
エルサレム賞(2009年)
スペイン芸術文学勲章(2009年)
小林秀雄賞(2012年)
ヴェルト文学賞(2014年)