遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

潜入ルポ・アマゾン・ドット・コム/横田増生

イメージ 1

潜入ルポ アマゾン・ドット・コム 横田 増生  (朝日文庫

Amazonの購入履歴を見ると、私がアマゾンで初めて本を買ったのは、「2003年6月6日」とある。買った本はガーデニング入門の本と家づくりの本だった。合計4830円の買い物だった。楽天で初めて買い物をしたのが2001年11月だったから、すでにネットでの買い物には抵抗感がなかったかと思う。

当時のアマゾンは1500円以上購入で送料無料だった。おそらく、ガーデニング入門の本は書店で購入して持ち帰るには重い本だったことから、初めてアマゾンを利用したのだろう。あるいは書店に並んでいなかったのかもしれない。1500円以上なら無料だったのにそのほか1冊とで5000円近くもの大枚をはたいていた。

ちょうどその頃、ライターの横田増生は、取材を受けつけないアマゾンの物流センターにアルバイトとして採用(潜入成功)され「潜入ルポ アマゾン・ドット・コム」を上梓した。当時の時給900円のバイト料は今の世間と同じくらいなので、悪くはなかったはずだ。しかし、注文票を見ながら50万点もの在庫が置かれたセンターの商品をピックアップするのにノルマが課せられていた。「1分間に3冊」をピックアップするというノルマ。その商品がどこの棚にあるのかは、注文票に記号表示されているのだが、数百人のアルバイトが行きつ戻りつするセンター内を、迅速に日本各地の顧客に商品を届けるために、延々と商品をピックアップしなければならないのだから、大変な作業だったという。

著者は、これに先立ってはじめてアマゾンで本を購入した。それが初めての注文だったようで、私と同じころのアマゾンデビューだった。バイト仲間は大勢いたが、誰一人としてアマゾンでの購入経験はなく、2か月ごとのバイト契約の延長がかなうように黙々と作業を続けるのだった。彼らは完全な「歯車」となっていて物言わない労働者だった。物言えば2か月ごとの契約の更新はできない労働者だった。

わずかなアマゾンジャパンの社員が存在していて、配下に業務委託された日通から派遣されている日通職員がアルバイトのマネジメントを行う。要するに「1分で3冊」のノルマ達成のためにはっぱをかける。注文書を打ち出してから梱包の棚に並べられるまでに、誰がどれくらいのスピードでピックアップしたのか、コンピュータが管理している。たとえば、1時間に120冊の平均ペースのバイトには、1分で2冊のピックアップ速度なので指導される。改善されなければクビになる。代りはすぐに見つかるのだから。

アマゾンジャパンの2003年の売上高は500億円だったという。しかし当初は赤字経営だったという。500億円の売り上げがあったとしても、小口の取引が多くなると儲けはまったく出ないどころか、マイナス利益だったのである。
たとえば合計1万円の本の注文だと、通常書店の取り分は20%~22%くらいなので2000円が粗利となる。送料は一律300円で日通に委託しているので1700円がアマゾンの取り分になる。ところが、送料無料の下限の1500円の注文なら書店の取り分20%は300円なので、送料の300円で粗利はゼロになり、そこから諸経費を引くとマイナス利益になるのだ。

2009年のアマゾンジャパンの売り上げは2500億円だという。まさに倍々ゲームで売り上げを伸ばしてきた陰で、日本の小さな書店は消えてなくなっていた。アマゾンのせいでもあるし、本を定価以下で売ることを禁止した再販制度のせいでもある。また、再販制度が足かせになって安売りができないアマゾンは、日本では成功しないと高をくくっていた書店自身のせいでもある。送料無料だということは、顧客は移動コスト(交通費や送料)を使わないで本を手に入れることができ、事実上の安売りだったのである。そんな簡単なトリックが分からないところが危機管理能力のないお国柄なのかもしれない。

いまやアマゾンは紙媒体書籍だけではなく、電子書籍販売(キンドル関連書籍)に力を入れている。電子書籍は製本や印刷コストが不要なので、出版社の取り分70%(作家への印税を含む)が減じられ、その分だけアマゾンの取り分が増える。しかも、書籍のみならずありとあらゆるものを商品として扱っているので、どこにも現実店舗を置かない巨大なマーケットになっている。

さらに、アマゾンはマーケットプレイスで中古本を売り出した。1円に値付けされた古本が多く陳列されている。それでも、送料が発生するので、出品者もアマゾンも取り分が発生する仕組みになっている。もはや、現実の古書店は希少本書店であり、とってかわってアマゾンマーケットプレイスが巨大な古本のマーケットになった。

私は定年後は、Amazonで古本を買うことが多くなった。また、食品や生活用品の多くをここで手に入れるようになって久しい。価格が他店より高いとか送料が必要となる商品については、ネットの他の店舗を探すことがあるが、何でも一緒に梱包して送ってくれるアマゾンを利用することにしている。しかし、本書を読んで、黙々と作業をするアルバイトのことを考えて、送料が無料になる限り小口に分けて注文することにした。横田が潜入している期間に、新入りの時給は850円に下がっていった。

書籍の流通やアマゾンの物流の仕組みなど、潜入ルポによる眉をひそめたくなるような裏社会(興味深い面白い発見もあった)が、手に取るように分かった1冊だった。