遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

夜のピクニック/恩田陸

イメージ 1

夜のピクニック  恩田 陸  (新潮文庫)


川端康成大宅壮一の母校茨木高校に、

「妙見夜行登山」という行事がある。

大阪北部北摂地方で最も高い山に登るという行事で、

行程は50kmであるが、往路はかなりの登りとなり、

1月にその夜行が決行されている。



歩行祭」と呼ばれる恩田陸の母校の行事をモデルに書かれている。

どこにでも似たような行事があるものだ、

白線流し」はロマンチックな行事だが、

歩行祭」それよりはるかにハードな儀式である。



主人公の甲田貴子は、高校生活最後の「歩行祭」に期するものがあった。

誰にも言えずにいた秘密が、

何らかの形に変わっていく「賭け」に期するものがあった。


80kmの行程を、全校生徒が一昼夜をかけて歩き通す。

その行事が淡々と進行していく中で、

貴子の秘密は、いくつかの偶然とあいまみえ、形を変えて歩き出していく。


かつて芳岡祐一という同級生に、甲田貴子は次のように鑑定される。

  みんな、ギラギラしてるからね。僕たちは、内心びくびくしながらもギラギラして

 る。これから世界のものを手に入れなきゃいけない一方で、自分の持ってるものを取

 られたくない。だから、怯えつつも獰猛になってる。だけど、甲田さんは、ギラギラ

 もびくびくもしていないんだよね。

 
  貴子は苦笑した。


  それって、最初からあきらめてるってことじゃないの?

  ううん、違うよ。甲田さんは許してるんだ。他人から何かもぎとろうなんて思って

 ないし、取られても許すよってスタンスなんだ。それも、取られる前からね。



私好みの実にいい女だ、高校生なのだけれど。

他の登場人物も良い人物設定ばかり。


高校行事の歩行祭に、何も特別なことは起こらない、

ゴールを目指す高校生達が居るだけなのだが、

貴子の新しい約束が歩き出し、読むものを幸せにする。


決してヒマではない50半ばの普通の社会人の男が、

こういう小説はあまり読まないと思うし、

貴子の言葉を読んで、電車の中で涙をこらえるのも、

変なおじさんなのかもしれない。


でも私は、温かき良い人に出会うために、

毎日頁を繰っているのである。



本作は、2005年の吉川英治文学新人賞本屋大賞を受賞。