「妙見夜行登山」という行事がある。
大阪北部北摂地方で最も高い山に登るという行事で、
行程は50kmであるが、往路はかなりの登りとなり、
1月にその夜行が決行されている。
「夜のピクニック」は、
どこにでも似たような行事があるものだ、
「白線流し」はロマンチックな行事だが、
「歩行祭」それよりはるかにハードな儀式である。
主人公の甲田貴子は、高校生活最後の「歩行祭」に期するものがあった。
誰にも言えずにいた秘密が、
何らかの形に変わっていく「賭け」に期するものがあった。
80kmの行程を、全校生徒が一昼夜をかけて歩き通す。
その行事が淡々と進行していく中で、
貴子の秘密は、いくつかの偶然とあいまみえ、形を変えて歩き出していく。
かつて芳岡祐一という同級生に、甲田貴子は次のように鑑定される。
みんな、ギラギラしてるからね。僕たちは、内心びくびくしながらもギラギラして る。これから世界のものを手に入れなきゃいけない一方で、自分の持ってるものを取 られたくない。だから、怯えつつも獰猛になってる。だけど、甲田さんは、ギラギラ もびくびくもしていないんだよね。 貴子は苦笑した。 それって、最初からあきらめてるってことじゃないの? ううん、違うよ。甲田さんは許してるんだ。他人から何かもぎとろうなんて思って ないし、取られても許すよってスタンスなんだ。それも、取られる前からね。
私好みの実にいい女だ、高校生なのだけれど。
他の登場人物も良い人物設定ばかり。
高校行事の歩行祭に、何も特別なことは起こらない、
ゴールを目指す高校生達が居るだけなのだが、
貴子の新しい約束が歩き出し、読むものを幸せにする。
決してヒマではない50半ばの普通の社会人の男が、
こういう小説はあまり読まないと思うし、
貴子の言葉を読んで、電車の中で涙をこらえるのも、
変なおじさんなのかもしれない。
でも私は、温かき良い人に出会うために、
毎日頁を繰っているのである。