作品後半の葬儀のシーン、祭壇の遺影は志村喬。
この遺影の志村、無防備で男前だなあと感心、
妻夫木聡を連想してしまった。
ガンであることがわかり、余命いくばくもないことを悟り、
伊藤雄之助と歓楽街へ繰り出す志村。
お遊びには無関係な人生を歩んできた、
市役所に勤める主人公。
まばゆい歓楽街でのどぎまぎした様子が実に自然である。
キャバレーで、ピアノ伴奏をリクエストして歌う「ゴンドラの唄」、
♪いのち短し 恋せよ乙女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを
涙をぽたぽたと落しながらこの歌を歌うシーンの志村喬は、
祭壇の遺影の顔とは対極をなす。
慟哭にも似た「ゴンドラの唄」の響きと、
深い嘆きの表情の超自然さに感動をおぼえる。
元部下の小田切みきとデート中、
彼女のつけた職場の人たちのニックネームを披露する場面。
その的を射たネーミングに、
「実に実に」楽しそうで愉快そうな表情をみせる志村喬。
「生きる」とは、こういうことである。
小田切は退屈な市役所を辞め、
いまは、子どもたちが喜ぶであろう玩具を、
工場で作っている。
「課長さんも何か作ってみたら?」
との小田切みきの言葉に、
主婦たちの陳情を受けた公園作りに奔走する。
さまざまな障害をなんとか排除して公園を作る。
そして、世にも有名なシーン、
自分の作った公園でブランコに揺られて歌う「ゴンドラの唄」
♪いのち短し 恋せよ乙女
何もしてこなかった人生から一転して、
一仕事成し遂げた幸福感に満ちた表情の志村。
場末のキャバレーで歌った時の顔とはこれまた対極の表情、
もう死期が近づいてきていているのに、
微笑さえ加わった至福の表情を見せるのである。
「生きる」とは、こういうことでもある。
今日は黒澤明の命日である、
亡くなられて10年が経った、合掌。