遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

落穂拾い/ミレー

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小学生の私は、ミレーの「落穂拾い」を「落ち葉」と言ったのを、担任の先生に「おちぼ」と訂正されたことを覚えている。

それまで「落穂」などという言葉も概念も私の中にはなかったので、いまだにとても印象深くミレーのその作品と「落穂」のことを覚えている。

昨夜、NHKのBSドキュメンタリーで食品ロスのことをテーマにした、カナダで制作された番組を興味深く見た。食べない農産物・食品をいかに多く生産しているか、食糧の食べ残しや廃棄がいかに膨大な量なのか、やがて来る食糧難を前にして重いテーマであった。

その番組の中で「落穂拾い」というフレーズが出てきた。

かつて、ヨーロッパの農夫たちは、敢えて落ち穂を田んぼに残したというのだ。私は今の今まで、単に刈り入れあとに田んぼに落ちている穂だと思っていた。

ウィキペディアによると、聖書の教えに「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。…これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。」(旧約聖書レビ記」19章)とあるそうだ。「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。」ともあるようで、これは近代の農村社会でも貧者の権利として一部に残っていた慣習だったそうだ。

小学生の私に、担任の先生はそこまでは教えてくれなかったが、55年を経過して、何とも感動的な聖書の教えを知り感動を覚えた。

「落穂拾い」
作者 ジャン=フランソワ・ミレー
製作年 1857年
種類 キャンバスに油彩
寸法 83.5 cm × 110 cm (32.9 in × 43 in)
所蔵 オルセー美術館、パリ

1849年6月にパリの政治的混乱やコレラを避けて、当時芸術家たちの集まっていたバルビゾン村に疎開したミレーが描いた農民画のひとつで、『種まく人』『晩鐘』とともにミレーやバルビゾン派絵画の代表作と位置付けられている。(ウィキペディアより)

落穂を拾って生活の糧としている人たちを描いた作品を見て、小学生の私は少なからずショックを覚えていた。当時から100年以上も前のヨーロッパの貧しい生活者がそこにあったとはいえ、わずかばかりの食糧を求めて刈り取りの終わった田んぼに入る人たちに、ショックを感じていた。

高校生くらいだったか、ミレーの「晩鐘」を初めて見た時も、夕暮れに教会の鐘を聴き作業の手を止めて農地で祈る夫婦の敬虔な姿に感動を覚えた。

私はクリスチャンでも農夫でもないが、人の崇高さや大地の恵みを慈しむ心を忘れてはならないと、いつもミレーに戒められているような気がするのである。