遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

黒い犬/スティーヴン・ブース

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黒い犬 スティーヴン・ブース   宮脇裕子 (訳) 創元推理文庫 



「若い者がふさぎこんだりかっとなったりすると、よくそういったもんだよ。『お前の背中

に黒い犬がべったりついている』って。今のあんたもそうだろ」

ふさぎこんでいる? そう非難されたのは何年ぶりだろうか。その日の気分を平気で顔に出

す弱輩者のようではないか。

「そういえば聞いたことがあります。わざわざ説明していただいて、どうも」

「どういたしまして」



タイトルの「黒い犬」とは、上記の会話の「あんたもそうだろ」と言った、

ハリーという老人の愛犬、黒いラブラドールリトリーバーのことだと思っていた。

385頁まで読み進んで上記の箇所に差し掛かり、

ああそういう言い回しのことだったのかと気付く。


ティーヴン・ブース「死と踊る乙女」、
http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/52988646.html

の前作がこの「黒い犬」。


英国の風光明媚な田舎町出身で、

その生まれ育った土地で警官になったベン・クーパー。

この愛すべき青年刑事と、

都会から何らかの理由で赴任した、

若くてやり手の切れ者刑事ダイアン・フライ。


ふたりとも黒い犬が背中にへばりついた、

悩める若者であった。

しかし、この男女は次期部長刑事候補に一番近い、

能力のある刑事でもあった。


私の今いちばん行ってみたいところのひとつが、

英国のコッツウォルズやピーク・ディストリクト。

しばらく住んでみたいようないいところである。

そんなピーク地方を舞台としたこの物語、

例によってゆったりと時間が流れる。

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初対面のベンとダイアンはふたりでチームを組み、

ライバルとして火花を散らしながらある事件に挑む。

本線はこの事件の捜査であるが、

ベンとダイアンのさまざまな場面での心象が三人称で描写される。

その心理描写は、重厚で巧みな表現でそこここに登場する。



ふたりの背中にべったりへばりついている黒い犬は、

やがて姿をあらわしてくれる。

このふたりのシリーズ小説がここから始まった。


ふたりとも、自分の背中の黒い犬を、

誰の手も借りずにはがすことができるのかどうか、

このシリーズのもうひとつの深いテーマも、

ここから始まるのである。