遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

龍安寺・仁和寺・天竜寺

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九州からの客人を来週お迎え予定、

嵐山や龍安寺に行きたいということで、今日(18日)下見に行ってきた。


天竜



嵐山の天竜寺界隈で、お昼どころをまず下見。

ま、無難なところで天龍寺に隣接する、湯豆腐のお店で客人をおもてなすことに決定。


残念ながらその湯豆腐屋さん、今日のお昼は予約でいっぱいだったので、

そこから近くの一見の甘味処で軽くお昼を済ませる。

「ねぎ焼き(650円)」が美味しかった!、湯豆腐よりこっちのほうがイイかもしれない。


で、京福電鉄、通称「嵐電(らんでん)」に乗って、嵐山駅から次の目的地へ。

この嵐電の駅名が、由緒あるというか読めないというか…。


              (北野線) 常盤→鳴滝→高雄口→御室→妙心寺龍安寺道→等持院
                     ↑
嵐山→嵯峨駅前鹿王院車折→有栖川→帷子ノ辻太秦蚕ノ社→山ノ内→三条口→西院→四条大宮


嵐電は、料金一律200円。

帷子ノ辻(かたびらのつじ)で北野線に乗り換えて、御室(おむろ)で下車。





御室駅から北に、仁和寺の堂々たる山門が望める。

ここは、2ヶ月後には万朶(ばんだ)の八重桜が、とにかく見事なところである。

世界遺産&国宝、仁和寺の境内は、その桜はもちろん、まだ梅も蕾は固いままであった。

静かに静かに、その時を待っている風情であった。



 宇多天皇が仁和4(888)年に創建して以来、法親王が住持し「御室御所」と呼ばれた(御室とは、「皇室の住居」の意味)。
 朱塗りの中門(重要文化財)をくぐると、御所の紫宸殿を移築した金堂(国宝)の他、五重塔重要文化財)や観音堂重要文化財)等が見えてくる。
 門跡寺院として格式が高く、また、「徒然草」「方丈記」など古典にも数多く登場する。
 境内(史跡)の背丈の低い桜は「御室桜」(名勝)として有名である 。






そして、龍安寺(りょうあんじ)までぶらぶら歩いていく。

ここの石庭のことは、説明の必要もないであろう。



 細川勝元が宝徳2(1450)年に徳大寺家の別荘を譲り受けて建立した寺。 
 方丈南側の枯山水庭園(史跡・特別名勝)が石庭として名高い。二方を油土塀で囲み、東西30メートル、南北10メートル余の長方形の白砂の庭に15個の石を5・2・3・2・3に配置したもの。これは一般に、虎の子渡しの名で知られている。




実は実は私、仁和寺龍安寺も今日が始めての訪問なのである。

どちらも、思ったより広大で、周辺の山や樹木に溶け込んで、

文句のつけようの無い上品な佇まいである。



こんな厳寒の中(今日は少し暖かだったが)、観光客は各地から訪れていた。

西から東から、海外から、仁和寺龍安寺に足を向けているのである。


◆中国人の若いカップル⇒女性のほうは仁和寺で何度も何度もお辞儀をして参拝していた。

◆韓国の若い男女グループ⇒龍安寺山門前で騒ぎながら記念撮影、しかし石庭ではお行儀良かった。

◆鴨居に頭がぶつかる青い目の人たち⇒「禅」や「無」の境地が分かっているかのような雰囲気。

◆関東からの若い女性ふたり⇒龍安寺の池の端で「銀座で食べた鴨が美味しかった」と。

              今の京都は、美味しいもののオンパレードだと承知していそう。

◆「龍安寺道」駅で、みたらし団子を仲良く食べていた定年間際の3人のおじさん

    ⇒会話から察するに、どうやら春の同窓会の下見のようだ、いい趣味の幹事さんたちであった。



冬の京都、枯れていて、引き締まっていて、イイ。

夏よりずっとイイと思う。