遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

きりひと讃歌/手塚治虫

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きりひと讃歌    手塚 治虫  (著) 小学館

手塚治虫は間違いなく巨人だと思うし、一万円札の肖像にふさわしいお方だと思う。

ところが私は手塚作品をほとんど読んでいない。手塚だけでなく、あまり漫画を読んでいない人生だ。

日本初のテレビアニメ「鉄腕アトム」(1963-1966年)も、第一回放送は観たがその後の記憶はない。明治マーブルチョコレートのアトムシールはチャーミングで好きだったし、テーマソングも高尚なテーマが読み取れない小学4年生は、アニメの「鉄腕アトム」にはついていくことができなかったということだ。

ただ、成人した以降に読んだ単行本の「ブラック・ジャック」の何冊かはすこぶる面白くて、手塚漫画をはじめて認知した思いだった。

その「ブラック・ジャック」の下敷きになったような作品が医療漫画「きりひと讃歌」(「ビッグコミック」で1970年4月10日号から1971年12月25日号まで連載)。朝日新聞の書評に手塚作品のおすすめの一冊として紹介されていたので、上下巻を図書館から取り寄せた。

医師や弁護士や代議士や公務員などの倫理観は、その資格を取得することとあまりリンクしていない。とりわけ、医師は医学部に入学し資格試験にパスすればその資格がありと認められ、医師の倫理観は資格とほぼリンクしていない。

きりひと讃歌」は、とある大学病院が舞台。手塚治虫は、山崎豊子の「白い巨塔」のモデルにもなった大阪大学医学部出身の医師でもあるので、この作品で医学界の倫理観について問題提起をしている。

「モンモウ病」という架空の難病の治療をめぐって、大学病院の医局内での対立や、日本医師会の会長選挙の権力闘争を描いている。手塚は、「モンモウ病」という難病を放射性物質との因果関係による難病として「ビッグコミック」に描いたようだが、諸般の事情により単行本ではほかの物質に書き換えられている。

ところどころにカタカナ(ドイツ語?)による専門用語が使われていて、語彙検索しなければならないところもあるが、難病や大学病院や医師会を描いたストーリーはすんなり頭に入ってきて読みやすい。中身が詰まっていてボリュームはたっぷりあるので、読み応えもある。

主人公の医師の名が、小山内桐人(きりひと)という。「きりひと」は「キリスト」からイメージして手塚が命名して、主人公に背負わせたのだ。

阪大医学部病院は、私もかつてはお世話になった病院で入院も経験した。医師も設備も立派な病院だ。これからもこの大学病院から、人間の尊厳を一番に掲げる医師が多く排出されることを願ってやまない。