日の出 佐川 光晴 (著) 集英社
夏のはじめ、週刊誌や新聞の書評欄で紹介されていた佐川光晴の「日の出」。主人公が徴兵から逃げるという事前情報にとても惹かれていて、読むべき書籍としてチェックしていた。
時は明治の終わりころ、石川県小松うまれの13歳の馬橋清作は、もともと争いごとを好まない少年だったが、日露戦争で心身とも傷ついて帰ってきた父親に接し、13歳でふるさとを捨てる。
徴兵忌避は犯罪だが、それに手を貸してくれたのが、清作より3歳年長で同じ町内の浅間幸三郎。幸三郎は、末は大臣か大将かという文武両道に秀でた青年で、上級生にいじめられた清作を助けてくれもした。
清作は、幸三郎が手配してくれた岡山の美作で鍛冶職人として第二の人生をスタートする。その後も幸三郎のサポートは途切れることなく、幸三郎の伝手で筑豊の炭鉱で鍛冶の腕を生かし、逃避行はその後川崎まで続いていく。
筑豊では、炭坑労働者として朝鮮半島から連行されてきた朝鮮人が多くいたが、やさしくて柔軟な性格の清作は彼らと難なく融和できた。鉄を打つための助手にした朝鮮人女性香里をともなって、彼女と世帯を持つつもりで、清作は川崎の朝鮮人居留地で評判の職人となる。
本作は、明治の徴兵忌避をした清作の物語と、清作のひ孫にあたるあさひという名の現代の中学教師の物語も組み込まれている。あさひは、在日コリアンの転校生と出会ったことがきっかけで、差別をなくす教育を目指していた。
「朝鮮」というキーワードは共通しているが、あさひが曾祖父の清作にたどり着くことなく、二つの物語は平行に進み終わる。
一方、清作のひ孫のあさひや私たちが暮らす現代は、奴隷のような朝鮮人は存在しないが、在日コリアンたちは潜在的な差別に少なからず心を痛めている。格差社会が生み出したのだろうか、あからさまなヘイト行動を身に着けた人間を私たちは容易に目にすることができる。
大河小説のような題材を、あっさりとした味付けで、しかし旨味が残り舌触りも絶妙に仕上げている。読みやすいが心に残る物語である。著者の反戦や厭戦や人道的な思いが、物語を貫いている。平易であっさりと重いことを描くというのは、なかなかできることではない。中学校の図書館に並べてほしい一作である。
本作に登場する、末は大臣か大将と言われた文武両道の才を備えた浅間幸三郎は、青春小説の主人公のように鮮やかな存在であったが、著者佐川光晴の母方の祖父をモデルとしているそうで、さもありなんの思いを強くした。また佐川の著書を読もうと思う。