遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

オンブレ/エルモア・レナード

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 オンブレ    エルモア・レナード (著)   村上 春樹 (翻訳)   新潮文庫 

2018年1月に発売された村上春樹が翻訳した「オンブレ」のご紹介。

本書は中編小説の「オンブレ」と短編の「三時十分発ユマ行き」の二作が収録されている。

今年の新刊だから新しい小説かというとそうではなくて、「オンブレ」が1961年、「三時十分発ユマ行き」が1953年の作品で、読み進めるうちに、これは映画にしたら面白いだろうなと思っていたら、巻末の訳者あとがきで二作とも映画化されていたことを知る。

著者のエルモア・レナードも知らない作家だったが、タランティーノの監督による良作「ジャッキー・ブラウン」の原作者だったことを知る。

「オンブレ」とは、スペイン語で「男」という意味で、「オンブレ」と呼ばれるにふさわしい男が主人公の西部劇である。

時は1870年代、舞台はアリゾナ州、たまたま乗り合わせた男女7人の駅馬車に強盗団が襲い掛かる。灼熱のアリゾナの荒野で繰り広げられる、駅馬車の7人と強盗団の追跡劇と死闘、それと彼らの人間模様が鮮やかに描かれる。

主人公は、幼いころにアパッチ族にさらわれて育てられたラッセルという、寡黙で勇敢な男(オンブレ)で、同じ駅馬車に乗り合わせた男性客の「私」が、ラッセルの強盗団との戦いぶりを鮮やかに描写してくれる。

強盗団に襲撃され危機が迫ると、同乗者の男女7人の本性が現れてきて、それぞれの場をわきまえない醜い部分も鮮やかに描かれていて、いまの私たちに通じるところもあって鏡で自分を見るがごときで身につまされる。

映画作品で言うと「駅馬車」と七人の侍」と「グランドホテル」と「ラストオブモヒカン」のエッセンスが合わさったようなものか。(さすがに「七人の侍」や「駅馬車」ほどの、血沸き肉躍る面白さはないものの。)

翻訳が村上春樹で、たとえて言えばなにかの洋画の日本語吹き替えを渡辺謙がやるような存在感で、(村上春樹は大好きな作家で、渡辺謙も好きな俳優だが)別の個性を感じてしまう。それでももちろんのこと、本編の面白さを損なうところはない。

短編の方の「三時十分発ユマ行き」も、同じ時代のアリゾナを舞台にした西部劇だが、「オンブレ」より8年前に書かれた作品で、こちらの方は座り心地の良い物語だという意見に、読まれた方たちに異論はないだろう。そのせいか、2度映画化されたようだ。