遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

特捜部Q-カルテ番号64/ユッシ・A・オールスン

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特捜部Q―カルテ番号64―(上・下) ハヤカワ・ミステリ文庫
  ユッシ エーズラ・オールスン (著)  ‎ 吉田 薫 (翻訳)

今回のブックレビューは、デンマークの警察小説「特捜部Q」シリーズの第4作「カルテ番号64」。

デンマークのスプロー島に実在した「女子収容所」に入所していた、ニーデという女性が主人公の復讐劇(1987年)が本線。その謎の事件を扱うことになった、雨にも負けず流感にも負けない特捜部Qの捜査(2010年)がもう一つの本線。例によってカールとその部下たちのおもちゃ箱をひっくり返したような賑やかな特捜部は、当事者たちは必死だけど読者には実に楽しい。しかし、ニーデの物語はデンマークの深い闇が横たわっている。

かつては産婦人科医師だった男が、デンマーク人に白人以外の血が混ざることを許さない純血主義者として立ち上げた極右政党。国会にその極右政党から議席を獲得する一歩寸前のところに、かつての患者だったニーデの影がまとわりついてくる。本作のタイトル「カルテ番号64」は、ニーデのカルテのナンバーであった

さらに、極右であろうが大物政治家であろうがセレブであろうがプロの殺し屋であろうが、邪悪で極悪非道な捜査対象には命がけであと先考えずに猛タックルをかける特捜部Qの3人組が実に痛快である。

迷宮入りの過去の難事件の解決だけでなく、妻との離婚で吹きあがった諸問題や新しい恋人とのすれ違い問題などで私生活にも翻弄されているカール警部。しかし、人種差別にも負けない生命感あふれるシリア人のアサドと、正義感にあふれるパンク系の奇人変人女性であるローセという2人の優秀な助手に背中を押され、カールは私生活を忘れるためのように事件にのめりこんでいく。

50年ほど前まで、「この女はデンマークの繁栄にとって相応しくない」と、女性を選別し母性をはく奪するための施術をしていた「スプロー島」での驚くべき史実をモデルに、作者が怒りと正義を持って書き上げたミステリーであった。本作で、デンマークを代表する文学賞「金の月桂樹」賞を受賞している。