遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

劇場/又吉 直樹

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劇場   又吉直樹  (著)   新潮社

芸人で芥川賞作家又吉直樹第2作目「劇場」のご紹介。

主人公の永田は、大阪の出身で東京の自ら主宰する劇団の座付き作家。永田の一人称で語られる下北沢界隈を舞台にした、彼が街で出会った沙希(さき)という若い女性との恋愛物語である。

沙希は、高校時代には演劇をしていたこともあり、上京して服飾関連の大学を出て、昼はアパレルで働き夜は居酒屋でバイトをして、アパートに転がり込んだヒモのような永田のために献身的に尽くす女。

私の大好きな、漫才師大木こだま・ひびきの待ってましたギャグに「そんな奴おれへんやろ〜」というのがあるが、永田と沙希はまさにそんな二人である。

ことに沙希はキラキラと輝いた女子で、著者の愛情や思い入れがたっぷり注ぎ込まれた素晴らしさで、「そんな奴おれへんやろ〜」と何度も思った。

一方、この物語の一人称の語り手の永田は、もうどうしようもなく嫉妬深くてひねくれている拗(す)ねた男で、鏡を見ているようで嫌悪感を覚えたものの、小説にしか出てこないような人物でもある。

著者の小ネタ披露みたいな箇所が少しうるさいし、語り部の主人公永田と又吉が重なってこれまた邪魔なのだが、恋人たち二人の交流がよく書けていて、見事。とりわけ沙希が徐々にグラデーションをかけたように変わっていくところが秀逸。

また、周辺に配置される男女がいい味を出していて、中でも永田と劇団を辞めてライターになった女性青山とのメールによる大立ち回りは、そんな大喧嘩メールでするか?と非現実的ではあるが圧巻でもあった。

劇場で見る創作劇のエンディングにも似た本書の最後尾、不覚にも少しウルウルしてしまったが、沙希という女がしばらくは忘れられない当年とって63歳の私である。