遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

シスターズ・ブラザーズ/パトリック・デウィット

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シスターズ・ブラザーズ   パトリック・デウィット  茂木 健 (訳)  創元推理文庫

直木賞作家の東山彰良のおすすめ小説「シスターズ・ブラザーズ」をようやく読了。

フォーティナイナーズ49ers)は、サンフランシスコのアメリカンフットボールチーム名としてつとに有名だが、1849年にカリフォルニアに金を採掘に押し寄せた人たち(おもにヨーロッパからの移民)のことを称して言う。このゴールドラッシュにより、サンフランシスコの人口は48年の1000人から49年には25000人に膨れ上がったという。

この小説の舞台は、ゴールドラッシュの頃のサンフランシスコ。シスターズという名前の兄弟(ブラザース)が、金採掘をしているある男を探し出しその男が持っている秘密の資料を手に入れることを使命として旅をするという物語である。

この賞金稼ぎのブラザースの名は、世間にとどろいていた。表紙のガンマン2人がその兄弟を表している。兄・チャーリーは傍若無人の大酒のみの荒くれもの。この小説の語り手が弟・イーライで、大男で普段は冷静に物事を観察できるが、抑えている感情が沸点に達するととんでもない暴走を始めるのだった。

私は当初、ミステリかハードボイルド系の面白小説だと思っていたのだが、コーエン兄弟タランティーノの馬に乗ったガンマンのロード・ムービーを見ているような感覚だった。だからロバにまたがったような気持ちで、のんびりと読了した。

個性的な人々が兄弟の前に現れ消えていく、あるいは消されていく。全体的にはコミカルな、まさしくコーエン兄弟の雰囲気が漂う小説である。ゴールドラッシュでにぎわう大西部の埃っぽい状況が、どのページからも立ち上がってくる。現実逃避には申し分のない読み物であろう。

兄弟に追われていることに気づいているのかいないのか、とにかくそのターゲットの男ウォームは、兄弟に探し出され一緒に行動をすることになる。このウォームという見るも無残な不潔な自然児にして科学者のようなインテリ男が、仙人のように面白かった。彼の相棒の墓碑銘を暗唱する言葉に関心する。

《彼はひとりの自由民として死んだが、率直に言うなら、あらゆる意味において、普通の人たちが考える以上に自由な精神の持ち主だった。ほとんどの人間は、自らの恐怖心と愚かさに心を縛られているため、自分の生活のどこが間違っているか、冷静に見極めることができない。ほとんどの人間は、不満を抱えながらも、その改善などできるはずもなく、そのまま死んでいく。》

ドタバタ劇の中にそれとなく仕込んだ作者のもっとも言いたいことが、この墓碑銘にある気がしてならない。幼いころから「自由な精神」のようなものを持って生きてこられた感慨を、ウォームの墓碑銘や語り手イーライの感性に気づかされたような気がした。