遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

フランスとの連帯で平和を考える

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フランス国民が選んだ大統領が、積極的な空爆などの方法で戦争に加担したからと言って、その報復で無防備の国民たちが自動小銃で撃たれることは許されることではありません。たとえ、彼らが貧しい国の民のことなど見向きもせずに、ロックコンサートで楽しんでいたとしても、命まで奪われることはあってはならないことです。そういった意味で、私はフランス国民に追悼の思いを込めて連帯します。(オランド政権と連帯はしません。)

また、イスラム過激派に襲撃されたとしても、同じアラーを神と抱く普通のイスラム教徒やモスクが襲撃されることも、許されないことです。

さらに、あらゆるテロの犠牲者を悼むことは、犠牲者たちがどのような立場・境遇の人であろうとも、普通の感覚だと思います。フランスのみならず、自由の民が銃弾に倒れることは許されないことです。

そして、テロを撲滅するための戦いを強めることは、テロをなくすことにつながらないと思います。いつまでたっても、丸腰の市民たちに犠牲者が増えていくばかりです。戦火を逃れようとする難民も増え続けるばかりでしょう。硝煙臭くなってきた日本も、テロの脅威を無視できなくなってきました。

だったらどうすればいいか、そこはいい方法をよく考えるべきだろうと思います。できる限り、テロなどの過激な事件が起きないような世界が作れる方法を考えるべきでしょう。すぐに最善の方法が見つかるとは思いませんが、空爆によりISをコテンパンにやっつけるよりはいい方法があるように思います。一つだけ確かなことは、日本の政権にはその「いい方法」などまったく考えも及びませんので、訊かないでください。(政権交代にその解があるけど、野党もわかっていないし…。)

パリ市民には気の毒だったのですが、これを機に、「大きな戦い」になる前に世界中で日本中でよく考えてみてほしいと思います。
難民のこと、ISのこと、貧困のこと、核のこと、地球温暖化のことなどを。中国や韓国と敵対するのか少しずつ仲良くするのか、安保法や在日の米軍基地は本当に必要なのか、国内のすべてのハラスメントなどについて、考えてみてほしいと思います。