遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

その女アレックス/ピエール・ルメートル

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その女アレックス   ピエール・ルメートル  橘明美 (訳)  (文春文庫)

ミステリー愛好家界隈では、話題の1冊だった「その女アレックス」を読了。
ミステリーとしては珍しいフランス製の小説で、怪盗ルパンシリーズのモーリス・ルブランを読んだことのない私には、青年時代に読んだガストン・ルルーの「黄色い部屋の謎」以来の久々のフランス製ミステリーとなる。

主人公はアレックスという美しい女で、タイトルで「その女」となければ男かと思ってしまう名前(ファーストネーム)なのである。アレックスは、物語冒頭に誘拐され監禁される。その監禁のされ方が残忍で、この女はなにをした人間なのだろうと思わずにはいられない物語前半(第一部)なのである。

役者による巻末解説に、「この作品を読み終えた人々は、プロットについて語る際に他の作品以上に慎重になる。それはネタバレを恐れてというよりも、自分が何かこれまでとは違う読書体験をしたと感じ、その体験の機会を他の読者から奪ってはならないと思うからのようだ」と記している。

これまでと違う読書体験だとは感じなかったが、確かにこれ以上プロット(筋立て)を明らかにすることは避ける。第二部、第三部と読み進めるうちに、アレックスの過去に驚愕することになる。そしてアレックスの目的に戦慄することになる。「驚愕」と「戦慄」をひっくり返して、アレックスの過去に戦慄し、目的に驚愕するでもいいかと思う。

昨今のミステリーは、その中心に「家族」がどっかりと居座る。家族が切っても切れないテーマとなる。本作は、主人公のアレックスと、事件の捜査を担当するカミーユ警部の家族の問題が大きなウェイトを持つ。仮に、悪魔のような家庭に生まれ育った人間は、何に救いを求めればいいのだろうと思わずにはいられない。家庭が持つ深い闇は、決して小説の中だけのことではないことを人は気づき始めている。あえて言えば、私たちは本作で、アレックスの心の闇を理解しなければならないのである。

私たちは、この世に何をしに生まれてきたのだろうと考え込んでしまう。そのためにも、本作を読まれることをお勧めする。