遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

夏の庭/湯本香樹実

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夏の庭―The Friends  湯本 香樹実 (新潮文庫

今年のカンヌ映画祭、「ある視点部門」に出品された「岸辺の旅」。上映が終わったあと拍手が鳴りやまなかったという。
黒澤清はこの部門(パルマドールではない)で監督賞を獲得した。主演は、深津絵里浅野忠信。原作が湯本香樹実(ゆもとかずみ)。

湯本香樹実が世に出た代表作が「夏の庭」。一度見たら忘れない表紙はおなじみで、一時は私におすすめだとAmazonが推薦し続けてくれていた。カンヌ映画祭の「岸辺の旅」が縁で、「夏の庭」をこのたび読了。これは、小学6年生の男子、木山が「ぼく」の一人称で夏休みの思い出を語る形をとった小説。1994年には、相米慎二によって映画化されたほか、十数か国で翻訳出版されている。

サッカークラブと学習塾が同じの3人組。ぼく(木山)と河辺と山下が主人公。おばあさんの葬儀でしばらく学校を休んでいた山下が戻ってきた。山下の祖母の葬式で生まれて初めて「死」と言うテーマに向き合った3人。木山と河辺にいたっては、葬式に出たこともなければ死んだ人を見たこともないと告白する。

ある日河辺が、町のはずれにもうすぐ死にそうなおじいさんが一人で暮らしていると、母親と近所の主婦の会話情報を拾ってくる。二人は、初めて死んだ人間を見ることができるかもしれないと、その老人を監視することにした。

塾やサッカークラブそっちのけで、おめでたき3人は老人の家を遠巻きにして見張る。そうしているうちに、頭隠して尻隠さずの3人はおじいさんに見つかってしまい、夏休みも始まってしまい、そこから4人のひと夏の経験が始まる。

少年たちの小さな冒険は「スタンド・バイ・ミー」をすぐに連想させたが、元少年だった私は、本書の彼ら3人の物語が断然懐かしい。

ある嵐の夜に元日本兵のおじいさんが語る短くも強烈な戦争体験が、その後の物語の細胞核を作りだし、細胞分裂を促進する。少年たちが大人への階段を上りはじめるのは、いつの時代でも夏なのである。

少年たちを女性が描くとこうなるのか。死んでいくところを見るつもりで出会った老人と少年の心の交流が、はっきりと言葉で伝えられない感動とその長い余韻を約束してくれる。