遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

特捜部Q ―檻の中の女/ユッシ・オールスン

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特捜部Q ―檻の中の女―  ユッシ・エーズラ・オールスン  
                  吉田奈保子 (訳) 〔ハヤカワ文庫〕

デンマークの小説を初めて読んだ。翻訳者はドイツ文学者なので、おそらくデンマーク語をドイツ語訳された本書「特捜部Q」を邦訳したと思われる。本書は、ドイツでは大変なベストセラーになったという。

主人公のカール警部補は、切れ者刑事なのだが、とある事件の後燃え尽きてしまった状態になり、コペンハーゲン警察署内では彼の処遇に困っていた。
そして、署はカールが年金生活に入るまでの「終の棲家」として、署内の地下室に「特捜部Q」をつくって、彼を責任者に仕立て上げた。
責任者とは名ばかりで、部下は中東シリアからやって来た謎の男アサドひとりだった。

特捜部Qは、迷宮入りになった山ほどの事件を再捜査して事件解決を図ることがその任務であった。上司である課長はカールに「今何やってる?」と、捜査状況を聞いてくる。仕方なしに回答した事件が、自身ではなく部下のアサドが興味を持った「ミレーデ事件」だった。

ミレーデ・ルンゴーという将来を嘱望されていた政党の副代表を務める女性国会議員が、障がいのある弟とベルリンへ旅行中の船内で行方不明になったまま迷宮入りになったのが「ミレーデ事件」であった。ミレーデは海へ転落したのだろうと、5年前の同署の捜査員たちは手抜き捜査をしていた。
カールたちは、自然とこの謎多き事件に引き込まれていくのであった。

本書は、ミレーデ事件の再捜査が始まった2007年と、同事件が起きた2002年を行きつ戻りつしながら進んでいく。

これは面白い警察小説シリーズのスタートと、位置づけられる。
主人公カールとその部下アサドのコンビネーションが実に面白い。周囲から無視され別居している妻には新しい恋人ができたほぼ死に体の初老の警部補と、貧しい国を出て豊かな北欧で安定した職業に就こうとしているバイタリティーあふれる若者。ふたりが、お互いを補い合いながらミレーデ事件に向き合うコンビネーションが秀逸である。

一方、有能で美貌の国会議員ミレーデと、その周辺にいた人々の壮絶な人間ドキュメンタリー(創作だけど)が、よく書き込まれていて、実に興味深い読み物に仕上がっている。ラスト近くに、涙する人も少なくないだろう。

捜査にあたる主人公たちと事件周辺にいる人たちに、強烈な生命力を見ることができ、感動する。お国が違っても時代が違っても、そういう人の姿に普遍性を見、感動をおぼえる。どこかの国のあとを絶たないネグレクト(育児放棄)事件とは対極をなすのである。