遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

天国と地獄/黒澤明

イメージ 1

天国と地獄
監督 黒澤明
音楽 佐藤勝
公開 1963年(昭和38年)3月1日
上映時間 143分

黒澤明の「天国と地獄」を再び鑑賞。この作品の下敷きになったのは、エド・マクベインの小説87分署シリーズのなかの一作「キングの身代金」だという。黒澤明の「用心棒」のベースになったのがダシール・ハメットの「赤い収穫」だから、基になるいい小説と出くわすために常に情報収集するというのも映画作家の仕事といえる。

映画は、靴会社の重役の息子の誘拐事件から始まり、犯人から身代金の要求電話がかかる。しかし、犯人は重役付の運転手の子どもを間違って誘拐してしまう。にもかかわらず、犯人は電話で3000万円の身代金を要求する。

身代金の受け渡しシーンのために、わざわざ特急こだま(新幹線は未開通)をチャーターし、エキストラを乗せて東海道線を走らせた。金の受け渡しの手口やこだまの車内外の映像は、映画が娯楽の絶頂期にあったころの文化遺産のような名場面であろう。
また、モノクロ映画なのに一瞬ピンクの煙が立ち昇る場面や、車や人が行きかう横浜の街の雑踏ロケや、外国人も多く飲食している巨大なダンスホール兼居酒屋風の店内や麻薬患者の巣窟(これらの場面はセット)の描写も素晴らしい文化遺産である。

被害者になった重役の葛藤、犯人を追い詰めていく刑事たちの迫真の捜査活動、泳がされて墓穴を掘っていく犯人の心理描写など、見どころは満載である。

主演の会社重役夫婦に三船敏郎香川京子、誘拐犯捜査を指揮する刑事に仲代達矢、誘拐犯人に山崎努がそれぞれ配役された。その他、黒澤組の豪華な俳優たちがチョイ役でぜいたくに配置されている。配役されているだけでなく、ロケであろうがセットであろうが、セリフがある役者からエキストラまで映画作りに真摯に参加していることに目をみはる。これだけのことをやらないと、観客の目をくぎ付けにはできない。

「地獄」のような暮らしをする犯人が見上げる、丘の上の重役の白亜の御殿での暮らしは、まさに「天国」のよう。貧しい者が富める者を愉快犯のように翻弄する。しかし、社会派ドラマのような犯行動機などの詳しい描写はない。そこは、敢えてエンターテイメント性をはっきり優先させたミステリーに仕上げている。

この映画の思い出を語る吉永小百合。ハイティーンですでに日活の人気女優だった彼女は、昭和38年にオンタイムでこの作品を見ている。「伊豆の踊子」のロケ先で見たという。恐ろしくて凄くて泣いてしまったという。