遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

仲代達矢が語る日本映画黄金時代/春日太一

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仲代達矢が語る 日本映画黄金時代   春日太一  (PHP新書)


本書は、1977年生まれの春日太一という著者が、仲代達矢に延15時間におよぶ10回のロング・インタビューを、新書にまとめた1冊である。

何かで読んだ2件の書評がきっかけで買い求めた。

著者はインタービューをほぼフリーにしゃべらせたのだろう、多くの監督や俳優、女優が、彼らと深く接触のあった仲代の口からあらわれ出でて楽しい。それらのうち、有名で印象的なエピソードを一つご紹介。

俳優座若手俳優の仲代は、芝居では食えずにウェイターなどのアルバイトの延長線上で、映画のエキストラもやっていた。

七人の侍」で、村人たちが町に出て自分たちの村を守ってくれる侍を探すシーンで、町中を歩くエキストラの侍役で、宇津井健加藤武とともに、仲代達矢もただ歩くだけの侍役で出演した。
スクリーンに登場した3人は、顔を認められるものの、ほんの一瞬で通り過ぎてしまう。

ところが、この撮影が大変だったようで、
   ところが、撮影が始まると「何だ、その歩き方は!」と黒澤監督に怒鳴られまして。何度
  やってもNGになるんです。そりゃそうですよね。新劇じゃそんなもの教えてくれません
  し、そもそも着物を着たのも初めてですから。撮影が朝九時開始でそのシーンの撮影が終わ
  ったのが午後の三時頃でした。その間、何百人もの役者やスタッフを待たせて、ひたすら私
  が歩くシーンを何度も撮り直すんです。:

このシーンは町の雑踏シーンで、確かに多くのエキストラや役者が出演するシーンで、そんななか、仲代は「俺は映画に向いていない、まして時代劇なんてダメだ」と思わせられる、屈辱的な一日だったと本書で回想している。

「用心棒」「椿三十郎」「天国と地獄」「影武者」「乱」と、その後黒澤明の代表作に主演級で出演している仲代にして、そんな映画デビューだったのである。

20歳の頃の「七人の侍」から始まり、その数年後には小林正樹の「人間の条件」で一躍スターダムにのし上がった、仲代の映画にささげた60年の軌跡が実に面白い。

小林正樹黒澤明木下恵介成瀬巳喜男山本薩夫市川崑岡本喜八勅使河原宏、五社秀雄、高峰秀子原節子京マチ子、新珠美千代、有馬稲子岩下志麻夏目雅子宮沢りえ三船敏郎市川雷蔵中村錦之助丹波哲郎勝新太郎平幹二郎宇津井健田中邦衛山崎努、原田良雄。
映画人というのは相当おかしな人たちの集団で、この人たちとの交友話が実に楽しい。そして何よりも、この人たちと撮った映画の話(タイトルは書けばきりがないので書かない)が、実に面白い。

私は仲代を初めて意識したのは「ポポンS]のCMで、なんだか捉え所のないふにゃっとしたお兄さんだったが、子どもの頃にTVで初めて見た彼の映画は、「他人の顔」か「鍵」で、気味悪いぬめっとした印象だった。

彼は俳優座の役者という身分を捨てることなく、映画会社の専属にならなかった。
なので、監督が声をかけてくれないと映画出演は適わなかった、にもかかわらず、彼は日本の代表的な作品の数多く出演している。

私の子どもの頃に抱いていた仲代のイメージ「ヌメッ」としたところが(彼のあだ名は「モヤ」である)、どんな役柄もこなせる役者に変身できる幅の広さにつながっていたように、今になって思うのである。
同時に、彼なりの俳優としての努力の跡や、年長から可愛いがられ年下から慕われていたことも、本書からうかがい知れるのである。

キャリア60年の仲代達矢の出演作、まだ見ていないものを見る気にさせる1冊であった。