遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

小さいおうち/中島京子

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小さいおうち    中島京子  (文春文庫)


私の好きな、女中・家政婦・乳母が登場する物語。
遠く「坊ちゃん」に登場する、笹飴が好きだという主人公の母親のような清にはじまり、
銀の匙」の叔母さん、「流れる」で梨花というい女中になった幸田文、「本格小説」の語り手冨美子。
などなど、みな女中・家政婦・乳母に分類される、できる女たちである。

銀の匙/中 勘助
身体ともに虚弱児であった主人公は、病気がちだった母に代わり、伯母さんに育てられる。
http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/64036173.html

流れる/幸田文
芸者置屋の女中になるべく、主人公の梨花置屋を訪ねるところから、幸田文の「流れる」は始まる
http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/63263555.html

本格小説水村美苗
華麗なる一族に生まれたよう子と、極貧のなかで育った太郎。その二人の幼少時代から世話をしてきた女中の冨美子。
http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/41964425.html


「小さいおうち」は、昭和の初めに東北から13歳で上京し、
住み込みとして女中になったタキという女性が語る、ある家族の戦前戦中戦後の物語である。

タキは、時子という奥様の家に女中として住み込み、時子が二度目に嫁ぐ平井家にも着いていく。
小さいけれど瀟洒な新築の家に、つまり「小さなおうち」に、二畳の部屋をあてがわれて住み込む。

タキはおだやかな家族の世話をする女中として、いつまでもこの暮らしが続くことを願っていた。
自分の二畳の部屋が好きでたまらなくて、1分でもそこにいることで幸せに心が和むのである。
女優のように美しい時子奥様と、玩具会社の常務で仕事一筋の旦那さんと、
時子の連れ子で恭一という男の子の、3人の家族の暮らしが淡々とタキの口から語られる。

そんな幸せな女中の身には、満州事変(昭和6年)はどこか遠い異国の話だったし、
同じ東京で起こった二二六事件(昭和11年)でさえ、郊外に住むタキの家では対岸の火事のごとしであった。
昭和15年東京オリンピック(のちに開催中止)の開催も決まり、
戦争どこ吹く風の、お祭り気分が蔓延していた昭和10年前後の東京の街が、細密に描かれている。
平和な時は長続きはしなくて、戦火は日増しに近づいてくることなど登場人物は気にも留めていない節がある。

東京オリンピック誘致に躍起になっているうちに、きな臭い世の中になっていくさまは、
なんだか今のどこかに似ている気がしないでもない。
戦争とは、そんなふうに何だか知らないうちに抜き差しならないことになっていくことが、
タキの青春を見ていても感じられる。 歴史は繰り返される。

タキのいる平井家をよく訪ねてくる、亭主の会社の若きデザイナーの板倉という男がいる。
この徴兵を免れた繊細な芸術家肌の板倉と、時子の淡い恋物語が、タキの語る物語のもう一つの本線となる。

戦前戦中の中産階級の暮らしや東京の街の様子を、
見てきたように綿密に綴っていく中島京子の取材力と想像力に舌を巻く。
そして、タキと時子と平井家と板倉の、明るくて和やかな物語を紡いでいく創造力と構成力に感心する。

本作は第143回直木賞を受賞し、山田洋次監督で映画化が決定した。