昭和30年代NHKに「ジェスチャー」という、看板番組があった。
私はその番組で初めて小沢昭一という俳優に出会った。
彼の番になってジェスチャーを始めると、どいうわけかどっかと胡坐をかいて、
それがユニークで面白くて、すぐファンになり「小沢昭一」という名前を覚えた。
子ども心にも、あのおじさんがまたジェスチャーに出ないかなあと、心待ちにしていた。
私はその番組で初めて小沢昭一という俳優に出会った。
彼の番になってジェスチャーを始めると、どいうわけかどっかと胡坐をかいて、
それがユニークで面白くて、すぐファンになり「小沢昭一」という名前を覚えた。
子ども心にも、あのおじさんがまたジェスチャーに出ないかなあと、心待ちにしていた。
私はそういうわけで、子どものころから小沢昭一ファンだった。
大人になって、この男の人となりを知れば知るほど、ますますファンになった。
会社帰りのカーラジオからは、毎夕あの三味線のテーマソングに乗せて
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」が聴こえてくる。 http://www.youtube.com/watch?v=Ex2V1mUOcLI
会社帰りのカーラジオからは、毎夕あの三味線のテーマソングに乗せて
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」が聴こえてくる。 http://www.youtube.com/watch?v=Ex2V1mUOcLI
麻布の同級生、フランキー堺と小沢昭一は、語り芸というか弁士のようなナレーションの芸というか、
とにかくこの二人は話芸の達人名人であった。
「~的こころ」は、放送回数1万回を超えるらしいが、回数を誇るだけじゃなくて、
毎回新作落語を語っているようで、小沢昭一の話芸の真髄が詰まった番組だった。
とにかくこの二人は話芸の達人名人であった。
「~的こころ」は、放送回数1万回を超えるらしいが、回数を誇るだけじゃなくて、
毎回新作落語を語っているようで、小沢昭一の話芸の真髄が詰まった番組だった。