遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ばかもの/絲山秋子

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 ばかもの    絲山秋子  (新潮文庫)

私、他人に、それも家族や親族や相当親しい人に限るが、
あほ!、ばかもの、たわけ者と言う。
叱っているときもあるが、多くは叱るともなく言う。

「愛してる?」と尋ねられて「ばか」と応える会話も成立すると思う、
「あほ」「ばか」は、肯定の意味も十分に含まれている。
親しい人にしか吐かない言葉だから、それもありなのである。

絲山秋子の「ばかもの」を読んだ。

19歳のヒデと27歳の額子(がくこ)が主人公。
ヒデは、バイト先で蜘蛛女のような額子に絡め取られる。
そんな形で、恋愛関係になった二人。

冒頭からいきなり性描写で始まり、延々とそれが続く。
絲山はどこへ私たちを連れて行こうというのか、
その描写は「ばかもの」というセリフで一旦終る。

幸せそうな主人公ふたりで、なんだかいいなあと、まったりとした休日に幸せ気分になる。

しかしこのあと、少しつらい章が続き、ヒデは酒びたりになっていく。
そばに、叱ってくれ可愛がってくれる額子がいなくなり、ヒデはバランスを崩していく。

私はほとんど飲めないので、断酒のつらさがよく分からないし、
酒を飲まないとやってられない暮らしも経験したことがないが、
幸せだったヒデが、酒で堕ちていくようすが痛々しい。

最初の出会いから、突然ヒデの目の前から姿を消した額子。
10年の歳月を経て、それぞれいろいろあった後、二人は再会を果たす。
もう昔のように、未来に希望がありそうもないふたりだけど、
絲山は、私たちをふたりの前に連れて行ってくれる。

最後のページの最後のセリフに、また「ばかもの」が出てくる。

それでまた、休日の午後のまったりとした幸せが戻ってきた。