遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

沖で待つ/絲山秋子

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沖で待つ   絲山 秋子   (文春文庫)
 
わが市の図書分室が近所にオープン、どんな本と出会えるか見学に行く。
 
女房は、自分のために「ジェノサイド」高野和明、「絆回廊 新宿鮫X」大沢在昌、をすかさず確保。
 
私は、たまたま目にした、でも前から読みたかった、
絲山秋子芥川賞受賞作「沖で待つ」を借りる。
 
絲山秋子は、1966年の生まれで、バブルの頃にINAXに総合職として入社。
新人の総合職は、出身地や出身大学と無縁の地域に赴任させるという会社の方針で、
絲山はよりによって、あの最強ライバル会社のご当地である福岡で社会人としての一歩を踏み出した。
 
まだ女性総合職は少ない時代に、男の総合職や地元の一般職の女子のなかで、
ライバル会社の土俵の中で、揉まれに揉まれて大きくなっていったんだと思われる。
地元言葉をすぐにマスターして、福岡では伝説の営業ウーマンだったという絲山、
そのあたりの事情は、文庫の解説が詳しい。 
 
この解説を書いた夏川けい子(フリー編集者)は、INAXで絲山の1年後輩。
夏川が名古屋に赴任中に、後から絲山が福岡から転勤してきて、
同じ総合職の女子同士で、週に2~3回は一緒に飲むというとても近い存在だったという。
 
この文庫には短編が三編収められている。
女の一人称で語られる以下の2つの短編が秀逸である。
 
勤労感謝の日」は、まさに絲山と夏川を見るような作品である。
勤労感謝の日に見合いをした失業中の元総合職の30代半ばの女性が、
見合い相手に辟易として席を立ち、元会社の後輩を呼び出して渋谷で飲むというお話。
失業中でオールドミスになりつつある女子が、後輩女の前でやさぐれる
しかし、いつしかふたりの会話は元居た会社での仕事の思い出話に変わってゆく。
この女ふたりの会話が面白い、男みたいにきれい事で落ち着くところがなくて面白い。
見合いの席で声に出さないで見合い相手の男に突っ込むところも、実に面白い。
職場でも、女はバカな男に対して、声に出すことなく毒づいているのだろうなあ。
 
沖で待つ」は、同期の男女の総合職の友情物語。
絲山と同じシチュエーションで、住宅設備機器メーカーの総合職の新人の男女が、
縁もゆかりもない福岡に赴任する。
赴任するまでの福岡は嫌なイメージしかなかったようで、
しかしながら働き出してからすぐこの地に愛着を感じたふたり。
ふたりは、福岡の地で恋愛感情以上の厚い友情で、青春の1ページを綴るのであった。
若さに任せて一生懸命仕事をして仕事の波に飲まれないようにする、
そんな一所懸命な他所から来た男女には、
福岡でなくともどこでもやさしく温かく接してくれるのである。
 
厚いハードカバーを読んでいた女房に、この薄い文庫本の話をした。
その後、私がいない間に短編2編を読んだようで、
沖で待つ」がいたく気に入ったようであった。
 
絲山ワールドに魅了されたようであった、よかよか。