遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ミレニアム1/スティーグ・ラーソン

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ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上・下) スティーグ・ラーソン  (ハヤカワ・ミステリ文庫)

月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、ある大物実業家の違法行為を暴く記事を発表した。
だがその記事が名誉毀損にあたると有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れた。
そんな折り、大企業グループの前会長ヘンリックから依頼を受ける。およそ40年前、彼の一族が住む孤島で兄の孫娘ハリエットが失踪した事件を調査してほしいというのだ。

その調査結果次第で、名誉棄損で敗訴した例の大物実業家を破滅させる証拠を渡すという条件を提示されたのだった。ミカエルは受諾し、困難な調査を開始する。

ドラゴン・タトゥーの女」の字面だけのイメージは犯罪者だったのだが、ドラゴン・タトゥーの女ことリスベット・サランデルは、主人公のミカエルとともに犯罪捜査に取り組む、カワサキのバイクを駆る超腕利きの調査員であった。

ミステリーはさまざまなジャンルがあるが、本作「ミレニアム」は、「犯人は誰だ」がテーマの、犯人探しの本格推理小説にジャンル分けされよう。
ヘンリックという前会長から依頼されて、スウェーデンの同族大企業グループの秘密を探るのが、経済雑誌発行責任者のミカエル。
地道な捜査活動だけを淡々と描写するだけでは退屈なので、作者スティーグ・ラーソンは、ミカエルの周辺に複数の女性を配置して、物語に楽しい変化をつけてくれる。

その女性陣のひとりが、ドラゴン・タトゥーを背負った若きリスベットで、最終的には、40歳過ぎの主人公ミカエルと、「謎解き犯人探し」を成し遂げるのである。

本流となる、迷宮入りの事件捜査のほかに、リスベットの私生活を描いたストーリの支流も、すこぶる面白い。
また、本流の事件が解決した後も、さらにページ数が残されていて、そこから、ミカエルは再びリスベットと組んで、名誉毀損で敗訴したある大物実業家の違法行為を暴くために、全身全霊を傾ける。

エンターテイメント・ラインが何本も通っていて、その一本一本に手抜きがなく、さすがは全世界で楽しまれたベスト・セラー、徹頭徹尾楽しませてくれるのである。
登場人物は多いのだが、主要人物は限られていて、その一人一人の人物造形が、単調でなく浅くもなく荒唐無稽でもなく、よく考え抜かれていて楽しい。

最後に、リスベットから見た主人公ミカエル像を本文から紹介する。
《彼は、ときおり優等生ぶる面が多少あるものの、基本的には善良な人間だと思う。残念なことに、ごく初歩的な道徳の問題においては、どうしようもないほど世間知らずだ。他人を許そうとする寛容な心の持ち主で、人がどんな行動をとろうともそれなりの理由があるにちがいないと考え、心理学的な言いわけまで探してやろうとする。話の通じない野獣がこの世界に存在するということをわかろうとしない。ミカエルのことを考えると、彼女は我にもあらず母性本能のようなものを感じるのだった。》

飄々とした散歩好きの、愛すべき中年男像がそこにある。彼らふたりの活躍譚は、当然に次回作にも引き継がれるのである。