遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

おとうと/市川崑

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おとうと
監督 市川崑 (44) (ビルマの竪琴」「鍵」)
脚本 水木洋子 (50) (「浮雲」)
音楽 芥川也寸志(35) (「地獄門」「砂の器」)
撮影 宮川一夫 (52) (「羅生門」「雨月物語」)
出演者
岸惠子(28)
川口浩 (24)
田中絹代 (50)
森雅之 (49)
岸田今日子 (30) 
江波杏子 (18)
浜村純 (54)
仲谷昇 (31)
公開 1960年11月1日  上映時間 98分
 
NHKBSハイビジョンで「おとうと」を鑑賞。
小学生の私は市川崑の映画を4本観ている。
ビルマの竪琴」「私は二歳」「太平洋ひとりぼっち」の3本は、子どもでも鑑賞に堪えうる文部省推薦映画だったのだろうか、課外授業や巡回映画会などで観た覚えがある。
そして、市川の名を初めて意識したのは「東京オリンピック」の監督としてであった。
映画「おとうと」はそれから遡ること5年、私が小学校へ入学した年1960年の作品である。
市川は私が小学生だった頃に、すでに代表作を世に送り出していたのである。
今にして思えば、70年代に角川映画を撮っていた頃は、すでに余生を送っていた感がある。

「おとうと」は、幸田文の原作の映画化。

映画冒頭で、原作の書き出しの文章どおりのシーンが、宮川一夫の美しい映像で展開される。

 太い川がながれている。川に沿って葉桜の土手が長く道を述べている。こまかい雨が川面にも桜の葉にも土手の砂利にも音なく降りかかっている。ときどき川のほうから微かに風を 吹き上げてくるので、雨と葉っぱは煽られて斜になるが、すぐ又まっすぐになる。ずっと見 通す土手には点々と傘・洋傘が続いて、みな向うむきに行く。朝はまだ早く、通学の学生と 勤め人が村から町へ向けて出かけて行くのである。
ひとつ傘の中の男女は、恋人同士ではなくて、姉とおとうとである。
 
岸惠子はすでに結婚してパリに住んでいて、主人公げんの年齢17歳より実年齢はかなり上で、作品映像でもとても17歳には見えない。
私は彼女の映画は、「君の名は」も「雪国」も観たことがなく、真っ当でリベラルな文化人としての彼女しかよく知らない。
案外、常識人で美人の女優は、女優としての魅力にいまひとつ欠けるような気がする。
でも、演出がよくて原作が脚本がカメラが脇役がよければ、おまけに私生活も充実していた頃だろうから、こんなにも魅力的になれる。
 
幸田文の原作で心に響いた会話の部分は、水木がそのまますくい取ってくれていて嬉しい。
「銀残し」という手法で現像されたフィルムは、落ち着いた色合いの発色で、ハイビジョンで見ると、50年前のフィルムのかもし出す神秘的な雰囲気に感心する。
まだ50歳そこそこだった、田中絹代のいやらしい演技や、高等遊民然とした森雅之や、和服姿の妖しい岸田今日子や、まだ18歳なのにまなざしのキリッとした江波杏子
みなそれぞれしっかり脇を固め、主演の岸と川口をよく盛り上げている。
 
悲しい色と雰囲気の作品の中で、二人の兄弟だけが明るくあっけらかんとしていて、その明るい二人のやり取りが、この作品の心髄であった。
 
市川崑は、作品以上に主演女優に思い入れがあったと思われる。
これは、いい作品を撮ろうとする監督が主演女優に寄せる思いとしては、実に普通の感情であろう。
そのねらい通り、いい作品だった。