音もなく少女は ボストン テラン (著) 田口 俊樹 (訳) (文春文庫)
内容(「BOOK」データベースより) 貧困家庭に生まれた耳の聴こえない娘イヴ。暴君のような父親のもとでの生活から彼女を救ったのは孤高の女フラン。だが運命は非情で…。いや、本書の美点はあらすじでは伝わらない。ここにあるのは悲しみと不運に甘んじることをよしとせぬ女たちの凛々しい姿だ。静かに、熱く、大いなる感動をもたらす傑作。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) ボストン・テラン アメリカ、サウスブロンクスのイタリア系一家に生まれ育つ。1999年、『神は銃弾』でデビュー、同作は高く評価され、イギリス推理作家協会新人賞を受賞、「このミステリーがすごい!」第1位、日本冒険小説協会大賞の3冠に輝いた。
ボストン・テランの代表作「神は銃弾」はとうの昔に読んでいて、
ブログ記事も書いていると思っていたのだが、
記事を探してもない、Amazonのわが購入履歴をさかのぼってもこの本を買った形跡もない。
現物が書棚にないし、梗概を読んでもまったくおぼえていないので、
やはり読んでいなかったのだと確認した。
歳はとりたくない。
今日ご紹介は、ボストン・テランの最新作「音もなく少女は」。
この作品の舞台は、ニューヨークはブロンクス。
時代は、主人公のイブが生まれた50年代最後半から1975年まで。
この頃のニューヨークのブロンクスで地下鉄に乗ることは、
ライオンの檻に放り込まれるより大変な肝試しなのである。
そのわけは、ライオンは銃を持っていないしジャンキー(麻薬中毒者)より紳士的だからである。
少女イブは耳が聴こえないだけではなく、
家庭を顧みない麻薬売りの犯罪者でもある父親と、
その父親の虐待を受け続ける母親を持つユダヤ人として、
ブロンクスの極貧の家庭に生まれた。
極貧で耳が聴こえないということは、ヘレン・ケラーより少しはましな少女なのだが、
サリバン先生のような「奇跡の人」ドイツ人女性フランと出会って、
手話と読唇術が達者な、感性豊かな知識人に生まれ変わる。
もうひとつ言えば、カメラと出会って、イブは芸術家にも限りなく近づいていた。
しかし、ブロンクス生まれのイタリア系作者ボストン・テランは、
自ら生み出した愛すべき主人公イブに、次から次へと災厄を押し付け、
同時に、イブの母親と、奇跡の人フランをも巻き込んで、不条理な空気を作り出していく。
この3人の女性たちがこの小説の主要登場人物である。
3人の女を取り巻く状況といえば、
第二次世界大戦の傷跡が人の心にまだ大きい場所を占めている時代で、
すさんでいたアメリカのニューヨークが舞台として用意されているので、
当然に彼女たちは時代の大きなうねりの中に、身を晒していくことになる。
しかし、彼女たちの人間像は、複雑な味付けは控えられていて、
いまもたくさんいる女性たちと同じく、強さと孤独感をあわせ持っているのである。
ちなみにこの作品の原題は、「WOMAN」という。
文春はこの作品のカバーを、ご覧のようなもの、大きな銃を持つ少女の写真としたのだが、
こういう犯罪のにおいがする感じにすれば、書店で手にとってもらえると思っているのだろうか。
余計な先入観を与えるデザインだと私は思う。
「本書の美点はあらすじでは伝わらない。
ここにあるのは悲しみと不運に甘んじることをよしとせぬ女たちの凛々しい姿だ。」
という素晴らしい売り言葉が台無しなのである。