遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

草枕/夏目漱石

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 草 枕   夏目漱石    (新潮文庫


明治39年(1906年)、夏目漱石39歳。

4月に「坊ちゃん」を「ホトトギス」に発表した漱石は、

9月に「草枕」を「新小説」に発表した。

その前年には「我輩は猫である」を「ホトトギス」で発表しており、

この3作は漱石の初期の代表的な作品といわれている。


草枕」は、熊本のとある温泉場に逗留している若き画工(画家)の、

一人称で語られる小説である。


 山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住み

にくい。


この冒頭の部分は、世にも有名なのだが、このような漢文調の文体が最後まで続く。

新潮文庫は、漢字にはルビが星の数ほどふられ、巻末の注解は実に330を数える。

また、巻末解説に江藤淳柄谷行人が登場する。

初めて全篇読破した私は、最初は注解を頼りに読んでいたが、

中盤以降は、少々意味が分からなくてもそのまま読み進めていった。


柄谷の解説は「草枕」に特化したもので、読後に読んでなるほどなるほどとうなる。

漢語のように難解な表現に引っかからずに前へ進む、私のいい加減な読み方も、

柄谷の解説によると、一理有るのだと、自らの教養のなさを慰める。


草枕」は、たとえて言うと、緩やかな川を下る船に乗ったような小説である。

特段ストーリーもなく、船から見える移り変わる景色を、

リズム感のよい文体で語ってくれるような小説である。

ときどき、白い優美な水鳥が行きかうが、それが魅力的な女性、那美(なみ)である。

また、のんびりと甲羅干しをする亀もいる。それが、山寺の住職である。


画工がひとりで温泉に浸かっていると、同じ浴槽に那美さんが入ってくるシーンが有る。

おそらくこの小説を読んだ人は、ここのシーンだけは覚えているだろうと思われる。

漱石の、印象的な発想と描写で際立つ場面なのである。


でも、そんなドキドキするような出来事も、

早瀬で少しスリリングだったけれど、また何もなかったようにとろ場を行く船のように、

小説は音もなく展開していく。

早春の熊本の大自然を、草木を、絵にしたような小説なのである。

どこからどう読んでも自由な小説なのである。


「しかし若いうちは随分御読みなすったろう」余は一本道で押し合うのをやめにして、ちょっと裏へ廻った。
「今でも若いつもりですよ。可哀想(かわいそう)に」放した鷹(たか)はまたそれかかる。すこしも油断がならん。
「そんな事が男の前で云えれば、もう年寄のうちですよ」と、やっと引き戻した。
「そう云うあなたも随分の御年じゃあ、ありませんか。そんなに年をとっても、やっぱり、惚(ほ)れたの、腫(は)れたの、にきびが出来たのってえ事が面白いんですか」
「ええ、面白いんです、死ぬまで面白いんです」
「おやそう。それだから画工(えかき)なんぞになれるんですね」
「全くです。画工だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留(とうりゅう)しているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなるとなお面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初からしまいまで読む必要があるんです」
「すると不人情(ふにんじょう)な惚れ方をするのが画工なんですね」
「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤(おみくじ)を引くように、ぱっと開(あ)けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」