「蜷川と三宅が? もっと相応しい御人がいるんじゃないの?」
という私の好き嫌いはともかくも、厳かに授与式は執り行われたようだ。
明日には、文化功労者顕彰式が東京都内のホテルで行われる。
今年の文化功労者には、私でも知っている偉い人たちが名を連ねていて嬉しい。
そして吉永小百合など17名。
IPS細胞の山中教授は、そう遠くない時期に、ノーベル賞をお取りになるに違いのない、
まだ40代の日本の希望の星であるし、その他の方々の業績も文句の付けようのないものである。
1962年(昭和37年)のまさしく今日11月3日に封切られた日活映画、
その作品と併映されたのが「ひとりぼっちの二人だが」という舛田利雄の監督作品。
私が生まれてはじめて映画館で見た映画が、この「ひとりぼっちの二人だが」であった。
幼いころから、小学校の講堂や近所の山寺で、
地元の田舎町の商工会や青年団の主催の映画上映会には、よく連れてもらっていたが、
正式に映画館で観る映画はこれが始めてであった、時に小学3年生であった。
その「ひとりぼっちの二人だが」の主演が、当時17歳の吉永小百合であった。
当時よくあった歌謡映画と呼ばれる娯楽映画だった。
このとき、吉永小百合という女優をはじめて知った。
浜田光男という俳優ももちろんはじめて知った。
吉永と浜田は、きらきら輝いた宝石の原石のような存在で、
はじめて二人を見た小学3年生にも、そのことは十分に伝わってきた。
その映画のストーリーはまったく覚えていないが、
吉永小百合は、きれいなお姉さんという印象ではなくて、
しっかりものの真面目なお姉さんという印象が強く残った。
私の出会った女優第一号である。
小学3年生にも伝わる演技者の力を、
いまだに私はそのはるか遠きイメージの残り香を嗅ぐことが出来る。
映画作品のなかで、実に存在感のある独特な雰囲気を持つお姉さんだったのだと、
今でも当時の大きなスクリーンのなかの吉永小百合を思い出す。
あれからほぼ半世紀、この女優は常に清らかなままで第一線で活躍している、
お見事の一言である、明日の顕彰式でもお綺麗なのだろうな。