遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ラスト・チャイルド/ジョン・ハート

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ラスト・チャイルド(上・下)  ジョン・ハート    東野さやか(訳)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

少年ジョニーの人生はある事件を境に一変した。優しい両親と瓜二つのふたごの妹アリッサと平穏に暮らす幸福の日々が、妹の誘拐によって突如失われたのだ。その後まもなく父が謎の失踪を遂げ、母は薬物に溺れるように……。少年の家族は完全に崩壊した。だが彼はくじけない。ただひたすら家族の再生を信じ、親友と共に妹の行方を探し続ける。 


この作品を構成する人間トライアングル。

行方不明になった13才の少年ジョニーのふたごの妹アリッサが頂点。

その直下に、ジョニー自身とアリッサを捜すハント刑事。

その下に、ジョニーの母親キャサリン、町の大富豪ケン、

ジョニーの親友ジャック、ハント刑事の長男。


アリッサの行方を追う兄ジョニーと刑事ハント、というミステリが大きな本流。

ジョニーとハントとジャックの、3つの「家族の肖像」の移り変わりが支流。

ふたつの流れが、やがてひとつに合流する。

いつものジョン・ハートの手法で、その流れもいつものようにゆっくり往く。


ジョン・ハートは、「キングの死」 http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/50746339.html


で、家族の肖像を深く描いている。


私が「川は静かに流れ」で取り上げた印象的なジョン・ハートの文章の抜粋2箇所。

この「ラスト・チャイルド」で巻末の解説を書いている文芸評論家の池澤夏樹が、

私とまったく同じ2箇所を取り上げて、解説をしていて、すこし驚いた。


ハートが描きたいと思っている「家族の崩壊」という題材は、小説家には天の恵みだという。

ことほどさように、このテーマを古今東西取り上げた作家は枚挙にいとまがない。

ここを避けては通れないほどの永遠のテーマなのだろう。

愛、喜び、失望、別れ、憎悪、病、事故、死…。

しかし、崩壊を描いて、絶望だけが残らないように、

行く手に光が射し込むところに私たちを導く力が、

それらの小説家には備わっていなければならない。

3作を世に出しただけの若き小説家ハートには、その力がみなぎっている。


ジョニーとジャックの少年だけの冒険譚は「スタンド・バイ・ミー」、

巨大な黒人フリーマンが登場する場面はファンタジーのようで「グリーン・マイル」、

キャサリンを薬漬けにする町の有力者ケンの凶暴ぶりは「シャイニング」。

ティーブ・キングをも彷彿とさせる、エンターテイメント小説でもある。

 
早川書房創立65周年&ハヤカワ文庫40周年記念作品。
アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞&英国推理作家協会賞最優秀賞スリラー賞受賞。