1979年に「感傷の街角」で第1回小説推理新人賞を受賞して、
大沢在昌はデビューした。
しかし、その後の10年、出版した28冊はまったく売れず、
版が重ねられることはなかったという。
そんな「初版王大沢」がブレイクしたのが、1990年デビュー29作目の「新宿鮫」であった。
その年のベストセラーに名を連ねた「新宿鮫」は、
当時の「このミステリーがすごい!」で、1位にランキングされた。
私はまさにその「このミステリーがすごい!」でこの作品を知り、読み、
その後、欠かさず読む大好きなシリーズとあいなった。
しかし、そんなことより、
10年間も見向きもされなかった作家が、ひとつの作品で一躍流行作家になったことが、
作家本人はもとより、新しい読者もわが国のミステリ界にとっても、
喜ばしい大きな出来事であったと思う。
私は、不覚にもシリーズ最新が出ていたことをついこのあいだまで知らなくて、
今般ようやく読み終えた。
それが、シリーズ9作目にあたる「狼花―新宿鮫9」。
600頁を超える大作であるが、
もう少しコンパクトにできなかったかと思われる。
しかし、元キャリアの一刑事新宿署の鮫島は、
デビュー当時と同じ正義感で、悪と闘ってくれていて、
はじめて手にとって読み出した20年前を懐かしく思い出す。
鮫島とはキャリア同期で、このシリーズには1作目から登場しているのが、
エリート街道を上り詰めている香田。
同じくシリーズを通して登場する、鮫島のよき理解者である上司の桃井と鑑識の藪、
このノンキャリアのふたりも、この最新作ではいろんな意味で健在だ。
「確かにそうだな。君と香田さんの問題である限り、判断を下すのはすべてキャリアの人たち だ」 桃井の声は沈んだ。二十七万人の中のわずか五百名の中に、香田と鮫島はいる。そして、鮫 島以外の四百九十九名の中に味方はいない。
そして、陸軍中の学校の流れを汲む警察内の秘密組織の一員であった仙田。
私が、シリーズ中最高傑作だと思う「毒猿―新宿鮫2」に、
仙田が登場したようなのだが覚えていない。
それはともかく、この仙田と香田と鮫島の息詰まる衝突が、スリリングである。
立場によって違う「正義」とは何なのかを考えさせてくれるのだが、
大沢が考える正義は、言うまでもなく鮫島に投影されていて、
それが本シリーズの人気の秘密だと言ってもいいだろう。
この正義は、警察官僚だけに求められる正義ではない、
このことも、大沢は、組織からはぐれた鮫島に投影しているのである。