遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

グラーグ57/トム・ロブ・スミス

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グラーグ57〈上・下〉  トム・ロブ・スミス   田口 俊樹 (訳)  (新潮文庫)


1956年のハンガリー動乱からちょうど40年後、

ベルリンの壁がなくなりハンガリー共和国が誕生した7年後の1996年、

私は、ブダペストのブダの丘からペストの市街を臨んでいた。

女王のようにゆったりと厳かに流れるドナウ川や、

その岸に建つおそらく世界一美しい国会議事堂の周辺が、

かつて血に染まったことがうその如く、美しいたたずまいであった。



「チャイルド44 」で http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/59968278.html

鮮烈なデビューを成し遂げた、トム・ロブ・スミスの、

主人公レオ・デミドフシリーズの第2弾、「グラーグ57」。


ときは1949年のソビエト

国家保安省の24歳の若くてハンサムな捜査官レオは、

マキシムと名乗って、ある人物を摘発しようとスパイ行為をするうち、

その妻アニーシャと恋に落ちる。

しかし、結果的にレオはアニーシャを裏切ることになる。


そして、1956年にまで時は流れ、

フルシチョフ首相によるスターリン批判の嵐が吹き荒れるなか、

かつてのスターリンの寵児的地位に就いていたレオの周辺で、

不気味な事件が起きはじめる。


レオと妻のライーサの2人の娘ゾーヤとエレナは、

彼らの本当の娘ではなかったが、真の娘以上に心から大事に育てていた。


ある日、長女のゾーヤが突然失踪し、

その失踪に、かつてのレオの恋人アニーシャが関わっていることが判明する。

レオは、ゾーヤを救出するために「グラーグ57(第57強制労働収容所)」へ、

向かうことになる。


レオの壮絶な旅物語に引き込まれていくうちに、

1956年のハンガリーブダペストに、いつのまにか読者は連れて行かれる。

フルシチョフスターリン批判をきっかけに、

改革運動がおおきくなり、果ては「動乱」にまで発展した、

1956年のハンガリーブダペストで、

読者は、10月23日の血塗られた事件に遭遇するのである。


と、ここまで簡略にご紹介したが、

弱冠30歳のトム・ロブ・スミスは、この大河ドラマ風ミステリーを、

揺るがしようのない史実から小さな人間の心の奥底に至るまで、

緻密な情報と精緻な描写で、丹念に物語を展開していく。



レオと妻ライーサは、不安定な距離感を持って、時空を旅する。

不安定な距離感の家族は、大きな時代に翻弄され、

悪気はないのだけれど荒んだ心の人たちに揺さぶられ、

封印しているはずの脆弱さを互いに見透かされつつ、だからこそ互いに支えあいながら、

留まることなく旅をし続けるのである。


このレオとライーサの精神性は、第1作の「チャイルド44 」から通底するものである。

フィクションだとはいえ、このカップルはため息が出るような精神性の持ち主で、

うちの奥さんは、この悲しい時代背景や厳しい家族のありように耐えられないと、

第1作の途中で一旦投げ出している。

私は、なぜか楽しめるのである。

レオ・シリーズはあと1作を残しており、3部作で完結なのだという。