全盲の彼は「一度だけ目が開くならお母さんの顔が見たい」とかつて口にしたそうだ。
そのエピソードを目にして思い出したことがあった。
遠い昔のこと、
フジTV「3時のあなた」に出演していた水俣病の娘を持つ母親。
生まれた娘さんは生後数日後から痙攣(けいれん)をおこす。
娘さんはほぼ植物状態で、20年近く介護を続けているその母親が番組内で言った、
「私は何も要りません、娘に元気になってらってお母さんと呼んでもらいたい」。
そのあと、スタジオの井村千鶴子に生コマーシャルが振られる。
井村は生放送のコマーシャル中、一言も発せないままだった、
その前のミナマタの母親の言葉に揺さぶられ、嗚咽するだけだった。
画像は、ユージン・スミス撮影の
「ミナマタ Tomoko Uemura in Her Bath」(1971年)。
その母娘の永遠の1枚である。
この少女が亡くなって30年以上の歳月が流れる。
私は、あのときの「3時のあなたの」井村さんも、
この写真も、この母親の言葉も終生忘れることはない。
写真集『水俣』英語版の序文 「これは客観的な本ではない。ジャーナリズムのしきたりからまず取りのぞきたい言葉は『客観的』という言葉だ。そうすれば、出版の『自由』は真実に大きく近づくことになるだろう。そしてたぶん『自由』は取りのぞくべき二番目の言葉だ。この二つの歪曲から解き放たれたジャーナリスト写真家が、そのほんものの責任に取りかかることができる」