遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

六番目の小夜子/恩田陸

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六番目の小夜子  恩田 陸 (新潮文庫)



昨日、次女は高校の同窓会に出席、

今年の卒業生は参加費なしという特典にひかれて、

友の顔を見に行った。


その中で、講義を受けている教授を発見し、驚いたのだという。

とても近づいて話せる会場の雰囲気ではなかったので、

今週の授業で教授にそのことを話しに行こうと思うと言う。



私も自分と同じ高校の卒業生には近親間を覚える、

メディアに登場する有名人だったりすると、

特にそう思う。

校舎は建て替わったけれど、3年間同じ空間に居たんだと思うと、

同じ大学の出身者とはまったく違う親しみがわく。



六番目の小夜子」は、恩田陸のデビュー作である、

「第三回ファンタジーノベル大賞の候補になり、

酷評されてあっさり落選し、文庫として世に出たものの

すぐに絶版になった。」と恩田本人があとがきで述べている。


絶版になっても復刻を願う人たちがいて、

願いがかなって、いまでは十五刷を重ねている。


とある高校に伝わる「サヨコ」伝説に遭遇した、

高校三年生たちの、

春<新学期>から、再び春<卒業>がめぐってくるまでの、

不思議な一年間を描いた作品である。


 学校というのは、なんて変なところなのだろう。同じ歳の男の子と女の子がこんなに

たくさん集まって、あの狭く四角い部屋にずらりと机を並べているなんて。なんと特異

で、なんと優遇された、そしてなんと閉じられた空間なのだろう。



新三年生の雅子という女子高生が、自分たちのことをこのように感じる新学期から、

この物語は始まるのだが、その後の一年間を暗示するかのような一節である。


この作品のにおいは、宮沢賢治の「風の又三郎」と少し似ている。

又三郎たちは小学生だった。

しかし、サヨコたちは高校という閉じられた不思議な空間に居り、

子どもと大人の間にいる多感な高校生であることが決定的に違う。



三年になってから転校してきた美少女と、

この高校のサヨコ伝説に畏怖を覚える高校生たちの青春物語は、

私たちが過ごした高校生活と非常に近い不思議な物語である。