遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ナイトフォール/ネルソン・デミル

イメージ 1

「ナイトフォール」  ネルソン・デミル 白石朗 訳 【講談社文庫】


1996年7月、トランスワールド航空(TWA)800便が墜落、

乗客・乗員230名の全員が犠牲になった。

当時は大変な騒ぎだったのだろうが、そんな事故のことは忘れていた。


冒頭、共に家庭のある身の男女が、映画「地上(ここ)より永遠に」の

バート・ランカスターとデボラ・カーのごとく、

渚で戯れるセクシャルな場面が登場する。

ただ、「地上より永遠に」のふたりはちゃんと水着はつけていた。

このあられもない不倫カップルが、後半重要な役柄を担うことになることは、

冒頭で明らかになる。



この、「ナイトフォール」は、そのTWA800便の慰霊式典に出席した、

FBI捜査官の夫婦を主人公に話しが始まっていく。

時は1996年の事故からちょうど5年後の、2001年7月のことであった。

その後の短い2ヶ月間の物語が、この小説の季節であった。


2ヵ月後の2001年9月のことは、

TWA800便のことは覚えていなくとも、

誰もが生涯忘れない。



上巻は、夫婦でFBI捜査官のコーリーとケイトの変化のない捜査が延々と続く、

本を投げ出したくなるほど、延々と続く。

しかし、辛抱強く彼らの捜査に付き合っていると、

下巻で実にスリリングな展開が待ち受けている。


1996年7月と2001年9月の出来事を結ぶ、

真実の糸を断ち切ろうとする不気味な闇の力に、

勇敢な正義感あふれる捜査官が、敢然と挑むのである。



冒頭に登場した不倫カップルの人妻のモルガンスタンレー証券に勤める亭主が、

メルセデスでゴルフ場に向うため自宅を出ていくシーンがある。


捜査官コーリーは、彼の姿をフロントガラス越しにチラッと見て、

「目のくらむほどまばゆく退屈な雰囲気ををまきちらしていた」と感じる。

広大な邸に暮らすエグゼグティブな男なのだが、

退屈な男だと一瞬に値踏みされる。


社会的地位も、充分な資産も、美しい妻も手に入れてなお、退屈な男。

私はその反対でよかった、かな。


上巻でコーリーが、育休中の女捜査官に話を聞きに行く場面があり、

「私のうちに来る途中で、パンパースを買ってきて」と頼まれる。

退屈な雰囲気の男に、パンパースは頼めない。