遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

シドニー! /村上 春樹

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 シドニー!    村上 春樹   文芸春秋





オーストラリアの首相が「盗まれた世代」に関して、

議会で謝罪する。

盗まれた世代(The Stolen Generation)とは、オーストラリア政府や教会によって家族から引き離されたオーストラリア・アボリジニトレス海峡諸島の混血の子供たちを指すために用いられる言葉である。1869年から公式的には1969年までの間、様々な州法などにより、アボリジニの親権は否定され、子供たちは強制収容所や孤児院などの施設に送られた。「盗まれた世代」は、1997年に刊行された検事総長の報告書 "Bringing Them Home"によって、オーストラリアで一般的に注目されるようになった。


アボリジニのキャシー・フリーマンが、

最終聖火ランナーを務め、

陸上400mの金メダリストになったのが

2000年の9月に開催されたシドニーオリンピック


フリーマンがゴールを駆け抜けた場面を実況した、

NHKの工藤三郎は、

「   フリーマン     金メダルッ  」と、

ラスト30メートルを、この二語だけに留めた。

見事な伝え方であった。


その二語の前後・間隙に存在する空白が、

かの地のやるせない歴史や、

当時の彼女の心境を表しているというのは言い過ぎだろうか。




村上春樹は、書き下ろし「シドニー!」のため、

シドニーオリンピック開催中は現地に滞在し取材を続けた。

この本は2001年の1月に発売され、

私はすぐ買い求めた。




シドニーの女子マラソンは、日曜日の午前中にスタートだったが、

あいにくその日は、長女の小学生として最後の運動会の日であった。

私は迷うことなく、

高橋尚子が優勝するかもしれない女子マラソンを観ることに決めた。



高橋のことはほんの少しだけ、

フリーマンのことは少しだけ、

村上春樹は、本書で触れている。


じゃぁ、彼は3週間も取材をしていったい何を書いているのか。

本書400頁ぎっしりと、

紛れもないオリンピック取材日誌を書いているのである。


現地で、自分の目で数々の競技を、

実況中継や解説なしで、

自分の感性だけで生の競技を見たら、

このような文章にきっと、なるのである。

私たちはナマでスポーツ競技を見ると、

いろんなものが見え、想像力が働くことを感じることができる。



映画「東京オリンピック」を撮った市川崑は、

その芸術性を当時の政府要人やマスコミに叩かれた。

当時小学生の私は、芸術性などはよくは分らなかったが、

実に面白いドキュメンタリーを楽しめていた。

オリンピックと当時の東京に、

田舎の少年は心をときめかせていた。



高橋やフリーマンやマリオン・ジョーンズが、

金メダルを取ろうが負けようが、

感情移入なしに3週間を自分の目と足で切り取っている。

その姿勢は市川の映画にも似ている。



北京では、もういちど高橋にがんばってもらいたい。