寛政の三美人/喜多川歌麿
美人画とはとても思えない同じような肖像画を描く歌麿には興味なく、
その歌麿を扱ったドキュメンタリーの感想モニター(NHKの指定)を書く羽目になる。
あー、前日放送の宗達が担当番組だったらよかったのにーと思っていた。
ところが、番組序盤で、鳥居清長(歌麿以前の美人画代表選手)と歌麿の絵比べで、
なるほど似て非なる画風だと気付き、少し面白くなってきた。
歌舞伎女形が歌麿の絵を観て、仕草や色気の表現方法について語り、
彼が解説する「白うちかけ」というタイトルの絵の、
イナバウアーのような上半身のひねりとのけぞりや、
「団扇を持つ娘」の手にあらわれる表情などの描写力に、
ふむふむとさらなる興味が湧いてきた。
そして、漫画家江川達也が歌麿の模写を試みるところでは、
生きた勢いのある、しかし柔らかさも兼ね備えた線描が、
巧く表現できない漫画家を目にし、
断然、歌麿の元絵の生き生きとした画風が立ち上がってきた。
番組中盤で、私は歌麿ただものではないと、ようやく気付かされていた。
そして、歌麿ファンになってしまった決定的理由が、
ボストン美術館所蔵の、スポルディング・コレクションが、
番組で紹介されたことであった。
この版画コレクションは鮮やかな色彩の劣化を危ぶんで、
決して展示されることはないという。
この決まりは、コレクションを所有していたスポルディング兄弟の、
美術館への寄贈のための条件だったという。
派手な色合いとは少し違った、藍や紫をしっとりと配した色彩感覚は見事なもので、
実に美しい色合いのすばらしいコレクションであった。
我が国に現存する、同じ時に刷られた同じ作品と比べて、
その色彩の鮮やかさの違いは、歴然としていた。
番組では、クロニクルのごとく時代を追って紹介された、
1783年から23年間に及ぶ彼の画風の変遷を見ると、
どの絵を観ても同じようにしか見えなかった自分目の不確かさに、
愕然とした。
蚊帳越し、絽の着物越しなどの表現の遠近感と立体感は、
他に類を見ない表現法である。
また、高級遊女の決めポーズとは別に、
緊張感のない遊女の日常生活を捉えた作品群は、
描かれた人物の感情の起伏や当時の生活感や小道具に至るまで、
見事に描写されている。
絵に文字で「美人画の何たるかは、この絵を見よ」と記す作者の自信は、
歌麿の遊女や市井の美人に寄せる温かさから来るものだということを確信した。
江戸の町で完成された浮世絵は、
元絵の作者と、刷り師と、版元が作り上げた総合芸術作品である、
歌麿をプロデュースした版元、蔦屋重三郎は、
現代にもTUTAYAとして、その名前が生きている。