遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

死と踊る乙女/スティーヴン・ブース

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死と踊る乙女 (上・下) スティーヴン・ブース 宮脇裕子/訳 創元推理文庫




週刊ブックレビューで、

文芸評論家の北上次郎関口苑生が昨年末に紹介してくれた1冊、

「死と踊る乙女」、

ティーヴン・ブース作品を読むのははじめてである。


この本を読んでいて気付いた「黒い犬」で初登場したのが、

ベン・クーパーとダイアン・フライ。

これは、男女の二十代の若い警官ふたりの警察小説である。


ダイアン・フライは、勇猛果敢な切れ者女性警官で、

相棒のベン・クーパーが優柔不断でじれったくて辟易としている。


ただ、フライから見たクーパーは優柔不断なのだが、

読者から見たクーパーはそうでもない。

思慮深くて懐が深くて、

自分が守るべき市民は誰かを、

誰が憎むべき人間かをいつも念頭に置いておける、

愛すべき人間性の持ち主である。

私はこの警官にシンパシーを感じてしまった。



フライとクーパーに前作で何があったかは知らないが、

ふたりの仲は、男女間のデリケートな問題以前の、

相当こじれた関係にあるようなのだ。


しかし彼らは、英知と勇気を振り絞って、

連続殺人事件の解決のために、フルスロットルで前進する。



イングランド中央に位置するイギリス最初の国立公園、

ピーク・ディストリクトを擁するピーク地方の警察署を舞台にした、

ふたりの警官を中心とした登場人物の多彩さは(人数も多い!)、

読み手が多くの人間と交流することにも似た面白さがある。


私の周りにはこんなに複雑な現在と過去を持った人々はそんなに存在しないが、

この作品では、小さな田舎町にワンサカ生息するのである。

ま、真犯人を絞らせないための書き手の苦心の末のことなのだろうが、

しかし、あらゆる場面でその多彩な登場人物像が見事に立ち上がってきて、

書き手の卓越した手腕が読み手を楽しませてくれる。


夫婦、親子、兄弟、結婚、離婚、誕生、死、正義、悪、

勇気、怖れ、病気、出会い、別れ、

人生の縮図が、イギリスの平和な田園地帯の数週間の物語に、

ぎゅっと詰め込まれている。



例によって、英国警察小説のストーリー展開は、

かの地を流れるゆったりとした川の流れのごとく、

蛇行したり淀みをつくったりして行く。


この流れに身を任せられない人には、

お呼びではない作品だろうが、

だったら読むものがなくなってしまうかもしれない。



ベン・クーパーとダイアン・フライは、

この先どのように変貌を遂げていくのだろうか、

それも楽しみなのである。


その前に、この作品を読み始めてから購入した、

「黒い犬」を読まなければならない。