遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ちょっとピンぼけ/ロバート・キャパ

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ちょっとピンぼけ   ロバート・キャパ   川添 浩史, 井上 清一 (翻訳) (ダヴィッド社)


ロバート・キャパの代表的ノンフィクション作品、

1981年頃に私の蔵書に加わったようである。(現在、文春から文庫でも出版)


表紙は1944年6月6日、Dデー(連合軍ノルマンディ上陸作戦)当日の、

ノルマンディ海岸。


キャパは連合国軍とともにノルマンディに上陸した報道カメラマンであった。


新調したバーバリーのコートに身を固めた、

連合軍一オシャレな上陸メンバーであったのは、彼が海に浸かるまでのことで、

一旦海に入ったキャパは、バーバリーのコートが足手まといになると気付き、

コートをかなぐり捨てた。


映画「史上最大の作戦」で観た楽勝ムードの上陸場面とは違って、

臨場感ある史上最大の作戦の模様が、キャパの文章から読み取れる。


命がけで撮った連合軍の上陸作戦、

しかし、ロンドンに届けられたキャパの数本のフィルムから、

焼かれた写真は8枚きりだった。


 
残念ながら暗室の助手は興奮のあまり、ネガを乾かす際、過熱のためにフィルムのエマルジョン

(乳剤)を溶かして、ロンドン事務所の連中の眼の前ですべてを台なしにしてしまった。

106枚写した私の写真の中で救われたのは、たった8枚きりだった。

熱気でぼけた写真には、“キャパの手はふるえていた”と説明してあった。




職捜しで苦労をしたキャパが、

イタリア戦線で、米軍の従軍カメラマンとして職にありつき、

その後ヨーロッパ戦線を一気に駆け抜けた戦争記録であり、

キャパの個人的な記録でもある。


「ちょっとピンぼけ」原題は SLIGHTLY OUT OF FOCUSであるが、

邦題から受ける印象は少しコミカルかもしれない。


表紙のような緊迫感のある写真ばかり、数十枚がこの本には掲載されているが、

キャパのユーモラスな文章と行動もそこここにふんだんに在る。

ノルマンディ上陸にバーバリーのトレンチコートを身に付けるというのも、

急場しのぎとはいえ、可笑しいといえば可笑しい。


従軍写真家は、銃のかわりにカメラレンズを敵陣に向け、

丸腰で仕事をする。

兵士との、休息日や「待ち」時間の怠惰なギャンブルや酒の日々は、

後に遭遇することが予期できる凄惨な場面に備えての、

一種の逃避行動なのであろう。



シシリア戦線に降下する落下傘部隊の飛行機に搭乗したキャパは、

幸いにもパラシュートでの降下は免れたが、隣の座席の落下傘部隊員に、

なぜ好き好んでドイツ軍の曳光弾で、夜空ではなくなったこんなイタリア上空にお前は居るんだ、

と尋ねられる。


隣座席の兵士は、

「僕はお前さんの仕事は好かんよ、君。あまり危険が多すぎるよ!」

と言い残して降下していった。

ジャーナリストは、そういう褒め言葉(?)で強く大きくなっていくのであろう。



ジョージ・C・スコットが演じたパットン将軍の無敵の戦車軍団や、

従軍してるのだかプライベートに戦闘をしてるのだかが計り知れないアーネスト・ヘミングウェイ

登場するのもノンフィクションの醍醐味であろう。

ロンドンに待たせている、キャパの当時の恋人ピンキィとの恋の道行きも

欧州戦線と同じようにスリリングである。


皮肉にも、ドイツ軍の息の根を止めるところまで、

忠実にキャパの眼の代弁者となって記録し続けたカメラは、

今はなきドイツの名機コンタックスであった。


キャパは、フランスとベトナムの戦いの取材のさなか、

インドシナ半島で、Dデーの10年後の1954年に地雷のために死亡した。

愛して死んでゆく、そんな人生であった。