遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

植木等氏の死を悼む

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先週のこと、比較的私の周辺に居る男が怒っていた。


とにかく、取り付く島もないほど怒りをぶちまけていた。

彼は迷惑をこうむった、彼だけではないが多くの人が迷惑を受けた、

当事者側は、その多くの人たちの前で謝った。


多くの人は、その謝意で「ま、いいか」と渋々思って居ると思うのだが、

彼は違った。


彼は、いかに自分はその厄介ごとで困ったのかを、延々と訴え、

だから当事者たちを厳正に処分せよと主張する。

前向きなことをいわないから、私には単なるクレーマーとしか映らない。


社会的地位もあり、組織内での居場所もしっかりした男なのだが、

何が彼をあんなに怒らせるのだろうかと思う。

正義感か、責任感か、何なのかわからない。

しかもいつもそんな感じなのだそうだ、疲れる!


彼は、植木等の演じた日本一の無責任男みたいなのが許せないのだろうな。


「わかっちゃいるけど止められない!」

「ホンダララ ホンダララ ホンダララホダラカ ホーイホイ!」

「ハイ、それまで~よ!」

「そのうち何とか、な~るだろう!」


青島幸男の作詞だから、この能天気さは青島のポリシーなのだろうけれど、

唄って踊って演ずる植木等こそ、われらが無責任男である。


もちろん、演じていない植木等は、紳士的な素敵な人だったと思う。



人間なんて所詮、自分のことしか考えてねーよ、と言いつつ、

実はきちんと周囲をフォローしてくれる優しさも持つ、無責任男。

今で言えば、釣りバカ日誌の浜ちゃんにも通ずるものがある。


そんなに怒ってばかりいないで、楽しくやりましょうと、

そんな植木等を、小学生の頃から見てきた私。

元気をくれる、大好きなおじさんであった。


前述の憤懣やりかたなき彼は、きっと頑張りやさんなんだろうと思うが、

シャボン玉ホリデー」を観て育った男ではないのだろうな、

そんなことどうでもいいけれど。


植木等に感謝、感謝、ありがとう。